北海道知床半島及び道東エリアでのエゾシカ被害と食肉としてのエゾシカの活用について (2022年夏 現地研究)
Ⅰ はじめに
押田・坂田(2015)によると「エゾシカは林縁を主な生活場所とし,広範多種の幅広い食性を持つことによって,農林業被害を引き起こし,その生息密度が極めて高くなると植生の著しい退行変化によって森林生態系にも大きな影響を及ぼすこととなる。
明治期の大雪と乱獲により一時は絶滅寸前にまで減少したが,その後の保護政策や生息環境の変化などによって,分布域を次第に拡大しながら既述のように生息数が増えてきた。現在は農林業被害や交通事故の増加,強度の採食や踏み付けによる生態系への影響などが深刻な社会問題となっている。」(p.811)
エゾジカによる実際の被害の大きさ、また、食肉としてそのエゾシカを活用するということに興味を抱き、今回の現地研究では、北海道知床地域及び道東エリアでのエゾシカによる実際の被害と食肉としてのエゾシカの活用についてをテーマとして調査をすることにした。
Ⅱ 調査方法
調査の方法は、事前に資料を読みエゾジカがもたらす被害の概要についてを整理し、現地でエゾジカのもたらす実際の被害についてと、食肉として利用されるシカ肉の実例を調べるという方法で行った。また、現地で調査しきれなかった事については、リポート作成時に各資料やHPを参考にした。
Ⅲ エゾシカとは
押田・坂田(2015)によると「エゾシカ(蝦夷鹿) は,北海道に生息するシカの一種で,シカ科シカ属に分類されるニホンジカの亜種とされる。」「食性は夏には草本や牧草主体,冬や飼料が不足する時期ではササや樹皮を摂取する。また時として農作物や 道路法面の植生を摂食することもあり,採食量は 2~5kg /日程度とされている。」(p.810)
とされており、北海道固有の草食動物であることが分かった。
Ⅳ 知床半島及び道東エリアでのエゾシカによる被害について
ⅰ 食害
知床の森の中で、エゾシカが樹皮をはぐように食べることで、樹木が枯れていく。本来はこれも森林の生育のサイクルに含まれており、問題になることではない。しかし、エゾシカが増えすぎることで全体的な採食量も増え、それに樹木の再生するスピードが追い付いていかなくなっている。またエゾシカの食料が不足してくるため、元来は食べることのなかった高山植物などの希少種への食害や道路の法面の植生、農作物への食害なども発生しており、さまざまな問題が派生している。
この現地研究で見学をした二次林でも森林の再生のなかでエゾシカの好むやわらかい広葉樹の幼木が採食されてしまい、針葉樹の割合が多くなってしまうことや、100平方の森・トラストの活動で、広葉樹を育成しようとしてもエゾシカに柔らかい幼樹や芽を採食されてしまい、防護柵のなかでしか広葉樹が育たないという、生態系にも影響が出るような現状が見られた。「シカが植物や樹皮を食べるのが問題なのではなく、それらが再生するスピードにシカが食べる量が追い付いていないのが問題なのです。」(ガイドの梅林歌奈子さん談)
ⅱ 交通機関などの被害
エゾシカが交通機関(主に列車)に及ぼす被害について、地元の鉄道関係者の方に話を聞く機会があった。印象に残ったのは、この2人の談話であった、
「昔は列車がシカやクマの影響で止まることは、なかったんだけどね。」
釧路市内の居酒屋で隣り合わせた、市内在住の元国鉄職員の男性談(88歳)
「ゲリラ豪雨ではなく、シカやクマの影響で、列車が運休や運転見合わせになることはよくある。途中は無人駅が多いため途中で列車にトラブルが起きても助けに行けないため、その被害の内容によっては始発駅で運休にすることがある。」ゲリラ豪雨で釧網本線網走行最終列車が運休となった時に対応をしてくれた釧路駅の男性駅員談(30代)。
2人の話に実際にどれぐらい列車運行への影響の件数の変化があるのかを、表を作成し考察した。それにより、年を経るにつれてエゾシカが関係する列車支障が増えており、前述の2名の談話を裏付ける状況がよく見えた。釧網本線を例にするとH5年時点では49件であった件数がR3年は329件と約6.6倍になっており、エゾシカが関係する列車支障は一旦減った時期もあったが近年大幅に増加したことが分かる。
また、JR北海道(2021)によると「列車がシカと衝突してから除去作業までの目安は、日中帯、速やかに除去作業を行えた場合:約3時間~半日程度、夜間等、作業完了までに時間を要する場合:半日~1日以上」とされており、衝突事故が起きてからの復旧にはかなりの時間を要し、利用客に大きな影響が出ることがわかる。(表1)
その他、幹線道路上でのエゾシカとの接触事故も増えており、関係各所は対策に頭を悩ませている。
Ⅴ エゾシカ対策(食肉としての活用)
エゾシカの頭数が増加することで、自然や人の生活に様々な影響や被害が出ていることが分かった。その影響や被害を削減するために、様々な工夫や対策が取られているが、今回は食肉として、エゾシカのシカ肉を活用するという対策に焦点をあて調査をした。
ⅰ食肉としてのエゾジカについて
エゾシカの肉は、鉄分、タンパク質の含有量が鶏肉・豚肉・牛肉と比較して多く、赤身である。カロリーが控えめであり、ヘルシーな肉として北海道庁もアピールをしている。
また、北海道HACCPやトレーサビリティなどの厳しい要件をクリアしたエゾシカ肉にエゾシカ肉認証のマークの使用を許可しており、食材としての安心・安全を消費者に分かりやすくするなど、食肉としての活用を推進するシステムが整備されている。
エゾシカの飼育、加工を行うシカ牧場を斜里から知床五湖へ向かう車窓から見ることができる。そのシカ牧場は株式会社 知床エゾシカファームの管理する牧場であり、平成22年時点でのエゾシカ肉取扱量実績は「食肉1,200頭 ペットフード用500頭」である。(株式会社 知床エゾシカファームホームページより)また、押田・坂田(2015)によると食肉生産の方法は2つあり、一つ目は「<わなによる生体捕獲(養鹿肉)> 生体捕獲した個体は一時養鹿(生産調整)され,必要に応じ食肉処理が行われている。と畜は電気ショックで失神後に頚部に刀を入れ失血死させている。品質が良好なのでブランド分けされ,各パーツでの販売となる。」もう一つは「<ライフルによる狩猟(獣猟肉)> 狩猟による個体は食肉不適部位(傷や銃創)を除いて食肉処理が行われる。特に金属探査は入念に行っており,これらの肉はランク分けされ,加工用などに仕分られる。」(p813)
ⅱ エゾシカ肉を使った加工食品
道の駅しゃりの販売コーナーでは、エゾシカ肉を加工した食品を販売していた。えぞ鹿肉カレー煮や大和煮といった缶詰や、鹿ジャーキー、その他レトルトのカレーなどにもエゾシカの肉が利用されており、これらの加工食品はお土産としても人気がある。(図3)実際に鹿ジャーキーを購入して食べてみたが、癖がなく食べやすかったため、お土産にも好適である。
ⅲ レストランのメニュー:知床斜里駅前「ビストロ・ラ・カンパネラ」
エゾシカ肉は、プロの料理人にも人気のある食材である。北海道斜里郡斜里町港町にある、ワインと料理「ビストロ・ラ・カンパネラ」は、地元の食材を使用した「地産地消」の料理を楽しめるレストランである。このレストランでも、エゾシカ肉を使用したメニューが提供されていた。使用しているエゾシカ肉は、前述の知床ファームより仕入れている。実際に食べたのは2種の料理で、エゾシカの田舎風パテ(図4)とエゾシカ(知床もみじ) ロース の グリル(図5)
である。シャルキュトリーと呼ばれる、食肉を加工したパテやソーセージ、ハムといった料理ともエゾシカの肉の相性はよく、適度にシカ肉らしい風味を残して仕上げられたパテは、白ワインとの相性も抜群であった。
また、エゾシカ(知床もみじ) ロース の グリルは、知床ファームのブランドエゾシカ肉である「知床もみじ」の出産を未経験なメスのシカ肉をグリルした料理である。シェフの話によると、出産を経ていないメスのシカの肉はとても柔らかく味わいも良いとのことであった。ナイフをいれると美しい赤身の肉から肉汁があふれ、知床と同じ火山性の土壌であるイタリアのカンパーニャ州の赤ワイン、タウラージとの相性は抜群であった。このように、エゾシカ肉は食材としてのポテンシャルも高く、高級なレストランで使用されることも多い食材であることが分かる。
Ⅵ まとめ
今回の現地研究で知床を訪問し、エゾシカはこの地域を代表する生物であるとともに、貴重な資源でもあることが分かった。食害や列車の運行への影響など、損害や被害も多いがそれを管理していく手段としての食肉としての活用も盛んであることを現地を調査することで、知ることができた。エゾシカ肉はブランド化という段階まで来ており、プロも認める品質であるということが分かり、今後のエゾシカの頭数管理上での食肉利用は大きな付加価値を持った収入源になりうると考える。そして、知床や道東でのエゾシカと人の生活圏の近さを地元の人との会話から垣間見ることができた。今回の現地研究で得た知見をさらに深め、今後も知床半島や道東の自然、食肉としてのエゾシカについてさらに理解を深めていきたい。
参考文献・ホームページ
押田敏雄・坂田亮一(2015)『北海道・知床地区におけるエゾシカの活用について』.畜産の研究,69巻9号,pp.809-814
斜里町立知床博物館(2009)「しれとこライブラリー⑩知床の自然保護」.北海道新聞社230.
https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/210616_KO_Animal2.pdf
JR北海道(2021) 野生動物(鹿・熊)における列車運行への影響について(PDF)
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/est/index.html
北海道庁環境生活部自然環境局野生動物対策課エゾシカ対策係 2022年7月31日閲覧
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/est/shikanohi/story.html
北海道庁環境生活部自然環境局野生動物対策課ヒグマ対策室 2022年8月1日閲覧
http://www.shariken.co.jp/ezoshika/
株式会社 エゾ知床ファームホームページ 2022年7月30日閲覧
※このリポートは2022年夏の法政大学通信教育部地理学科 現地研究の課題として提出したものです。(無断転載不可)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?