私は作業所に通うべきではなかった。そう思う理由

最近体調がよくなり、意欲も高まり、お金稼ぎを切実にしたくなって、就職活動をしようとしています。それまでは約8年前に著しい体調悪化(入院を勧められていた)で退職したあと、3年引きこもり、その後は作業所に通所しております。

その作業所通所が安定しないため、なかなか就労に繋がらなかったのですが、最近になって気付いたことがあるので、まとめます。

目標をとにかく細分化しなくてはならない

私は1ヶ月以上先の予定は漠然としてしまい、自分のこととして取り組めなくなります。ですので実感の湧くスケジュールとして取り組むには1ヶ月単位の目標設定が必要なようです。

ところが、作業所に通所するに当たり「セルフプラン」なるものを立てるのですが(個人目標&個人計画)それは1年単位の目標。作業所での支援計画の見直しは3ヶ月ごと。いずれも私には遠い未来すぎて、ピンとこないのです。

不適応状態に陥っていた大学院でも同じ問題が起きていました。研究活動は2年間。中間発表は6ヶ月に1度。進捗報告のゼミこそ毎週ありましたが、週単位での進展はそうそうしません。その上、目標設定が自力だったので、適切な目標かどうかがわかりませんでした。それらが私にとって強い苦痛だったのと、成果も全く出せなかったため、「研究者の資質がない。留年しても無駄だから退学しなさい」と言われて退学して就職先を探すことになりました。

作業所通所でも、目標は概ね自力で立てます。つまり目標が適切かどうかが自分にとって全くわからないのです。その上、目標達成のスケジュールが明確にあるわけでもないので、漫然と日々を過ごしたらいつの間にか3ヶ月経って支援計画の見直しの時期に来ている、というわけです。私はその間にたびたび躓いて通所のモチベーションを失って通所できなくなったりしており、二進一退どころか二進二退、いや二進三退ですらあるのではないかと思うような生活を何年か続けています。大学院で陥っていた泥沼に、今もまた落ちている上、それに気付いたのが昨日でした。これではいけないと切に思いました。

どのような支援を受けたいか

以上のような問題点に気付いたので、改めて、「自分が受けたかった支援」について考えました。それは、
・ゴールを明確にする。(「就職する」など)
・ゴールにたどりつくまでのステップを明確にする。(毎月の目標がある)
・月単位で目標を見直す。
というような内容ですが、更に詳しく見ていきます。

例えば、私は週に連続3回が外出できる限度なのですが、正社員での就労を目指すには週5回外出できる必要があります。しかしながら「週3回」は病院への通院なども含めてなので、作業所通所に安定して割ける日数は「週2回」なのが現状です。

そこで、
・週2回の通所からスタート。
・nヶ月安定して週2回通所できたら、週3回に増やして様子を見る。
・さらにmヶ月安定して週3回通所できたら、週4回に増やして様子を見る。
・さらにpヶ月安定して週4回通所できたら、週5回に増やして様子を見る。
・qヶ月安定して週5回通所できたら、就職に向けて本格的な活動を始める。(職業訓練、職場実習、就職活動など)
・以上のすべての目標達成をr年以内とする。
というような、詳しく具体的な目標設定があり、毎月フィードバックと見直しを行う、という内容だとかなり私向きであると感じます。

目標設定は、完全に自力の目標ではないほうがよいです。例えば「2年間で就職」を目指しているとしたら「1年かけて週3日に増やす」じゃスローペースすぎるので、「目安としてこういうスケジュールがある」と支援者側からある程度提案してもらえて、相談の上で決める、というのが良さそうです。

通所日の1日ごとのスケジュール・目標があると、更に良いです。「来たらこれこれをやる」とはっきり決まっていると、通所の意欲に繋がります。ただ「規定日数通う」では私には実現できないと思います。自分なりの課題設定をして通えればベストなのですが、それはよほど調子が良くやりたいことも定まっているときでないとできませんし、そんな時期は1年のうちにほとんどありません。あるいはあったとしても余暇的な目標であり、仕事的な目標はないということがほとんどです。何しろ定職のない作業所通いなので。ですので「職業訓練を受けながら通所日を増やしていく」というようなのが良いのかもしれません。

もしどうしても週5日は安定せず通えないのであれば、1年を通して安定して通える日数を見つけ、それを基準に仕事口を探せばよいのではないかと思います。

私が今までに通った作業所では、このような明確で具体的な目標も、頻度の高いフィードバックもなく、私がモチベーションを失って迷走することもたびたびあり、状況が進展しない日々が何年も続いており、昨日改めて「何年も無駄にした」と感じました。

在宅ワークはやっていた時期がある

余談ですが在宅ワークには挑戦したことがあり、現在もアルバイト契約はしています。ですが仕事が不定期で収入も安定しないので、それが苦痛なのです。

在宅ワークのアルバイトを多数やっていた時期があるのですが、
・仕事量のコントロールがストレスフル
・単発案件が多いので、逐一仕事探しが必要であり、それもまたストレスフル
という問題が起こり、数ヶ月しか続けられませんでした。

「情報を仕入れ続ける」ということは私にとって苦痛であり、毎日新聞を読んだりニュースを見たりすることですら疲労が強く、続きません。趣味の範囲のニュースですら追えませんし、ブログやSNSの更新を追うのも苦痛が伴うので、ブログの更新情報を集めるアプリなどというのも継続して使うことができません。「新しい情報が次々入ってくる」という状態が苦手なので、極力避けたいのです。もしかしたらこれは、「環境変化が苦手」という部分に起因しているのかもしれません。新しい情報というのは変化の知らせですからね。

いずれにせよ「仕事を見つける」「仕事量をコントロールする」という苦痛の大きい作業は他の人に代わってほしいと痛感したので、「上司の元で下働きする」が私にとって理想的な仕事環境だとは改めて実感しました。「誰かの言いなりになっていると適切な方向に向かっている」というのが理想で、舵取りは他の人にやってほしいのです。自分自身では見通しが立てられず、計画も立てられず、目標の適切さもわからないので、その辺りが他の人による援助が必要な部分なのです。

「やりたいこと」はある

「他の人の言いなりで仕事したい」と言いつつ、やりたいことはあります。Neccoのようなフリースペース兼カフェを作りたいのです。アロマテラピー講師もしたいと思っています。しかしその舵取りを自分でできる気は全くしません。協力して取り組んでくれる人がいたらなあと思うのですが、今はまだ見つけられていません。

作業所は漫然と時間を浪費する

話を戻しますが、作業所通所はしなければよかったです。もう一度新たな職にチャレンジするか、明確なスケジュールのある職業訓練などに行けばよかったのです。

作業所にもいろいろありますが、私の現在の通所先はB型事業所です。その主な理由が「通所日数が安定しないから」なのですが、最近になって思うのは、それがそもそも逆であったということです。

作業所は「休んでもよい場所」であり、休んでもさほどの不都合がありませんが、それが私にとっては大問題なのです。「行っても行かなくてもいい場所」と思うと、通所の意欲が全く保てません。その上、行ったところでやるべきことが定まっていないので、余計に行く気が失せます。安定通所できるわけがないのです。別段お金も稼げないので、余計に意欲が薄れますし、就労に直結した活動もないので、通所する意義もわからないのです。本当になんで作業所に通っているのかわからないです。早く通所をやめてアルバイトでも始めるべきだ。いや、今まさに就職活動をしようとしているところなので、もういいのですが。

私にとってベストだったのは、「自分の体力でも採用してくれる職場を見つけ、ささやかにでも就職しておく」ことだったのだと思います。自分に作業所通所は向いていませんでした。向いていなかったと気付くのに何年もかかりましたが……。ずっと「安定通所できないから就職もできないのでは」と思っていましたが、そもそも自分にとって通えるわけのない場所に通っていた今のほうがよっぽど頑張っていました。いっそ就職したほうが自分は楽になれるだろうと思うようになったので、就職活動を頑張ります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?