我儘


「きっと、こうなる運命だったんだ」


元気でね。最後にそう呟いた笑顔の中でほんの少し苦しそうに顔を歪めた瞬間が、僕の頭にこびりついて離れない。

しっかり結んだはずなのに。蝶々結びの端を君が少し引くだけで緩み、解ける。僕らの関係は脆い。手に残る少しの熱は長針が進むごとに奪われていった。君を思い出す手段が減ってしまった、なんて少しの隙間からでも出て来てしまいそうな気持ちを、唇を食いしばって上を見ながら零さないように帰る。


時間は無情だ。

僕が泣こうが喚こうが、何食わぬ顔で過ぎていくのだから。泣き喚いた時間は何に還元されることも無く、ただ後ろ向きな記憶として残る。何も出来なかった、無力な自分がそこにいるのだという事実しか残らないのだ。


1年経ってもまだこんな調子だ。いい人を見つけてね、なんて君は言ったけどそんなの我儘だよ。僕にとって今までもこれからも、ずっと君しかいないんだ。

帰って来て欲しくても無理なのはわかっている。それでもどこかで諦め切れないのは、僕の我儘なのかな。カラーボックスの上に並んだ写真を見ながら肩を落とす。




きゅるきゅると情けなく鳴った腹に手を当てて、おまえも寂しいのかと問う。でもいいよな、おまえは満たされるんだから。悲しいとか寂しいとか、そういう感情を持たずにいられるんだから。


台所に並ぶ、どこから取り寄せたのかも何に使えば美味しくなるのかもわからないスパイスを見て、なんとなく見覚えのある物を手に取りポトフに入れてみる。


もっと聞いておけばよかった。


何が面白いのかもわからずに適当に見ていたスパイス達の使い方。どこからどうやって手に入れているのか。何をどれに入れれば君みたいに美味しい料理が作れるのか。今になって知りたいことがたくさん出てくる。もう遅いんだ、後悔したって教えてくれる人はもういない。


気付いてくれと言わんばかりに沸き立つポトフの火を止めて、しょぼしょぼとテーブルに向かう。


いただきます、と手を合わせ小さく呟く。少ししょっぱ過ぎた。分量間違えたかもしれない。適当に入れたから当たり前か。ひとりで食べても美味しくないな。


やっぱり君がいないと。


すきな物を食べたって、すきな映画を観たって、すきな音楽を聴いたって。

いつでも君がいたから。

君がいないことに慣れるなんて、僕には無理だ。


いつまで待っても減らない冷めきったポトフにラップを掛けて、何も気付かないふりをするように冷蔵庫に入れる。




ひとりには大きいベッド。あったかくするには君の力が必要だ。なんとなく寝る前に君がかけていた香水を枕にかけてみる。柔らかい石鹸の香り。でもやっぱり何か違う。少しの違いだけど、僕には大きな問題なんだよ。君にはわからないだろうけど。


君の香りを纏って、窓枠に腰掛ける。

ほんのりあたたかい夜風が頬を撫でる。今日はいい日だな。


僕の我儘、君は受け入れてくれるだろうか。

重たくてごめん。これで最後にするから。



ゆっくり目を瞑って、夜の闇に身を任せた。




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