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【初体験】人生で初めて被害届を書いた話

ぽっかりと開いたスペース

……ふざけんなよマジで。

 庭にあった枇杷の鉢植えが一本足りない。大き目の鉢に植えられ、一メートルほどの背丈になったそれは忽然と姿を消していた。
 朝にはあったはず。だが今、妻に呼ばれて眺めた果樹の鉢植えの列に、その大事な枇杷の木はなかった。
「やっぱり、あなたが動かしたんじゃないよね?」
 列にぽっかりと開いたスペースをスマホのライトで照らしながら、妻も困惑したように聞いてくる。当然だ。自分は今日会社へ行っていたし、そもそも置いてある場所は日当たり最高の位置で、動かす理由もない。
 鉢のあった地面をライトで照らすと、確かに丸く、鉢の痕跡が残っている。あったのだ。確かに。ここには枇杷の鉢植えが。
 慌てて家の周りをうろうろしてみるが見当たらない。
「やっぱり盗まれてるよね……」
 不安そうに妻が聞いてくる。警察に電話しなくては。とにかくそう思った。

こんな時間でも大丈夫か?

 時間は夜十一時半。妻は夕方に気が付いたらしいが、『とりあえずあとで夫(八川)が帰ってきたら確認しよう』と考えていて、その後忙殺されていてこの時間まで話し忘れていたとのこと。
「警察に電話しよう」と妻に言うと「こんな遅く?」と妻。「夜も遅いし、朝になってからでもいいんじゃない」と妻は言ったが、自分はこういったものは早いほうが良い気がする、と。何かしら証拠があった場合、時間が経つほど分からなくなると思ったのだ。
 ということで電話することになって、交番の番号を調べる。google mapで交番を調べ、番号をクリック。便利。
『緊急の場合は110番など――』というような機械音声が流れるが、そういう類ではないので待つ。
『はい、こちら当直の――』
 ちゃんとつながった。女性だ。鉢植えの木が盗まれた、という話をすると、『では所轄のほうへ回します』と、(あれ、最寄りの交番のはずだけど)と思いつつ*、しばらく待つ。今度は男性が出て、住所氏名を聞かれ『それでは担当のものが向かいますね』と言われたので「お願いします」と切る。
 どういう具合に電話がつながって、回されたのかよく分からないが、取り敢えず警官に来てもらうことになった。

 * 後で確認したところ、google mapの交番に登録された番号は市の中央署の番号だった。改めて調べても見つからないので、交番に直接電話したい場合は交番の警官に聞いておくしかないのかもしれない。

警官到着

 しばらくのち、パトカーで警官がやってくる。深夜なので赤色灯もついていない。
 ガタイのいい男性と、中肉中背の男性のペアだ。玄関先で、庭の当該位置を示しながら説明する。話を聞く担当は中肉中背の方の役目らしく、最後までもっぱらこちらの警官と話していた。
 まずは「いつ盗まれたのか」と言うところ。水遣りや草むしりでもしない限り意識的に所在の確認をしないので、鉢植えについて二日前以降の記憶はあいまいだ。今日は家にいた妻の記憶が頼り……なのだが、妻も似たり寄ったりである。無いことを確実に認識したのは娘の塾の送迎時間で比較的はっきりしているのだが、いつまであったか、がぼんやりとしている。とりあえず『朝、夫を見送る際には違和感がなかった』と言うことで、その時点とすることにした。
 話をする間、ガタイのいい警官は家の周りをライトで照らしながらうろうろしていた。あとで、「イタズラで近くに捨てるだけ、と言うのもあるので確認していました」と説明してくれた。「でも無いですね。盗まれたんでしょう」と言うことで、実際に被害届を出すことにした。

被害届、出す? 出さない?

 ここで警官から、「この先取れるアクションとしては、『被害届を出す』というのと、『話を所内で回して近辺のパトロールを強化する』とありますけど」と言われる。この時点では『そんなもの被害届出すに決まっとるやないかーい!』と思ったのだが、あとでもう少し落ち着いて考えると、こういったものはご近所トラブル等、知り合いの可能性があったり、そうでなくても勘違いだったり、「公にしたくない」「大事にしたくない」こともままあるはずで、たぶん、そのあたりを懸念して聞いてきたんだと思う。
 だがうちの場合、盗まれたのは真っ昼間だし、住宅街とはいえ幹線道路も近く比較的人通りが多い場所だ。パトロール強化の意味は薄そうな気もするので、「被害届けで」と答える。*
「一時間ほどかかりますけど大丈夫ですか」と言われる。一時間。結構かかるね、と思いながら、問題ないことを伝える。

 この時点で、「被害届けなんて出したことないし、もうこの際どういったものか体験しておこう」という思考になっていた。まあ、盗まれた鉢植えが戻ってくる確率なんてゼロに等しいし。

* よく考えると被害届けも出してパトロール強化してくれてもいいんじゃないの? とは思う

被害届はほとんど書かない

 そんなわけで警官に玄関先に入ってもらい、書くための小テーブルを出す。
「ありがとうございます、それではこちら、書いていきますね」
と、警官は被害届の紙を取り出すと、さらさらと記入を始めた。

 自分では書かないのか、とさっそく思う。

 被害届のフォーマットは画像検索すると出てくるが、最初に署名欄みたいなところがあり、以降、発生時刻や被害の経過、被害額と言った被害の詳細を書く欄などが続く。それらをすべて警官が書いていくのだ。
「書かせてほしい」などと言えば書かせてもらえる可能性もあるが、今回は見守ることにした。警官は先ほど話した内容を元にどんどん記入していく。途中途中でいくつか確認されるが、自分の出番はほとんどなく、Twitterで「マジ許さん」などとつぶやくだけであった。
 やがて被害の内容がすべて記入されると、「それでは確認、お願いします」と内容のチェックが行われる。
 警官が読み上げ、自分は頷いたり、「はい」だとか答え、内容に間違いないことを確認する。そして最後に署名欄に住所氏名などを記入し、ハンコを押して終わりとなる。
 ちょっとしたことだが、住所に記入で訂正する羽目になった。番地の記入でいつも通り「〇〇-〇〇」と記載したところ、免許証で確認した正しい住所が「〇〇番の〇〇」だったため、訂正する羽目になった。「細かくてすみません」などと言われつつも修正した。訂正印も押した。ちなみに警官が記入した詳細についてもミスがあり訂正しているのだが、そちらにも自分のハンコを押している。と言うことは、警官が記入しても自分(八川)が記入したという体になっているわけだ。

写真を撮っておしまい

 これでおしまい、と思ったのだが、ガタイのいい警官のほうから「一応、写真も撮らせてもらってよいですか」と言われる。拒否する理由はない。
 庭で「ここに立ってもらって、こう、ここ(鉢植えがなくなったところ)を指さしてください」と言われ、ライトを当てられつつ二枚ほど撮影される。なんだか自分が犯人みたいな変な感じがする。単なる気分だけだが、もうちょっとこう、相方の警官が指さすとかダメなのだろうか?
「それでは私たちはこれで」
 と、すべてを終えて二人ともパトカーに乗り込む。
「ありがとうございました」
 と自分も妻も礼を言い、パトカーは来た時と同じように静かに去っていった。

まとめ

 被害届を書く話は以上で終わりである。
 一時間と言われたが、三十分ほどで済んだ。向こうも手慣れたものである。こちらはとにかく最初に説明したことを全部記入してくれたので楽なものであった。
 今回は盗難の被害届であったが、警官が来る前(被害届を書く前)までにまとめておくと良いのは以下の点である。

  •  経過(どういった経緯で、それがなくなったことに気が付いたのか)

  •  時間(いつまでは有って、いつ無くなったのか)

  •  被害額(いくら程度のものが盗まれたのか)

 被害額に関して言えば、三年間大事に育てた枇杷の木なので本来はプライスレスであるが、鉢と苗、実を含めても三千円程度が妥当と言うのがまた悲しい。警官にも「それとこれとは別ですからねえ……」と同情された。

 あと、用意しておくと便利なものとして、免許証とハンコ(三文判でよい、シャチハタ不可)を挙げておこう。訪問された際、身分確認されるので免許証があると早い。被害届を書く際にはハンコがいる、と言うことで。

余談・犯人の目的は何なのか

 さて、どうしても気になるのは「なぜ、わざわざ鉢植えの木を盗んでいったのか」である。
 実ならわかる。食べればうまいし。だがなぜ鉢植えごとなのだ。まだ実もできていないし、持ち帰ったら今度は自分で世話をしなくてはいけない。それならせめてもっと実がしっかりしてくるまで待てばよいはずなのに。
 おまけにサイズ。鉢と木と併せて幅四〇センチ、高さ一メートル弱、重さだって十キロはするだろう。この枇杷の鉢がうちのものであるというのは割と周知されているため、歩いて持っていくのは無謀だし、自転車でも見つかれば面倒だろう。そうすると車で持って行ったと思うのだが、なぜそこまでして盗むのだ。なぜそこまでして、『まだ実も熟していない枇杷の木』を盗むのだ。
 すぐ近くには実のついたイチゴの鉢植えだってある。こちらのほうが盗むには適しているのに、わざわざ枇杷を盗んでいるのだ。

 こうなってくると、やはりある程度の距離の住人ではないかなあ、と疑ってしまう。よく横の道を通り、我が家に枇杷の鉢植えがあることを知っている。そして日に日に実が大きくなっているのも見ている。だんだんそれがうらやましくなり、おまけに我が家では三本も育てており、「一本ぐらいいいだろ」という邪な考えが出てきてしまった。そして盗んだということだろうか。

 ……その枇杷はなあ、植えた次の年には根切りにやられて必死で世話をして、去年はすくすく育ってうれしくて、今年になってようやく実をつけてほんとにうれしかったんだぞ、余るの分かってて五〇枚千円もする枇杷の袋を買ってきて大事にかぶせて、毎日楽しみにしていた枇杷の木なんだぞ。 

 ホンマすぐ返せえぇ!

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