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『新歴史・時代小説家になろう』第36回 ネタ随筆本を持っておくと便利かもという話

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 いやー、すっかりこの更新も絶えてました、すみません。いえね、色々あったんです。二週間あまり仕事場に戻れなかったんですよ。そんなわけで、本当に久々の更新ですが、早速参りましょう。今回のテーマは、ネタ本を持っておくと便利よ、という話です。

随筆の有用性

 随筆と聞くと、多分国語、殊に古典の授業を思い出される方も多いのではないでしょうか。
 そうです。『枕草子』『方丈記』『徒然草』といった日本三大随筆や、後の世に記された様々な随筆、高校時代に沢山お読みになった方、いらっしゃるのではないでしょうか。高校時代、いやいや読まされて、「二度とこんなもん読むか」と心に決めた方もいらっしゃるのでは。いや、実はわたしもそうでした。随筆って国文学の分野の話であって、歴史には関係ないだろと。
 でも、案外そうでもないんですよ。
 今でこそ文学作品として理解されている随筆ですが、江戸期頃だと、まったく違う読まれ方がしています。
 例えば、日本三大随筆の一角を占める『徒然草』。本書は今でこそ笑い話や人生訓めいた部分を抜き出して紹介されがちですが、江戸期においては有職故実の学者たちが引用していました。『徒然草』の中には鎌倉末期の公家社会の有様がかなり描きこまれており、有職故実の典拠の一つとして用いられていたのです。
 もちろん、兼好法師は最初から有職故実の典拠として本書を編んだわけではないでしょう。けれど、そのように用いることができるのも事実なのです。
 そして、そうした用い方は、現代においても可能です。
 日本三大随筆でいうと『方丈記』が特にわかりやすいかもしれません。
 『方丈記』はすごく簡単に言うと狭い部屋暮らしのススメなのですが、そこに至るまでに、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての天災の数々や動乱の有様が描かれています。これらの描写、たとえば源平ものを描こうというあなたにとっては有用な資料として使用することができるんです(もちろん、鴨長明さんが話を盛っている可能性も考え、他の資料に当たってから文章に反映させたほうがよいでしょうが)。
 随筆は著者の心を反映させている創作物なので、「往時、これを描いた人々が何を思っているのか」を知るにはよい資料なり得るのです。

ネタ随筆を持っておくといいよ、という話

 日本の随筆は平安時代頃から勃興し、江戸期には百花繚乱状態になります。その間、仏教説話集といった隣接ジャンル、物語集というこれまた隣接ジャンルが出始め、やがてこれが混淆し始めます。そうして江戸期になると、奇譚集とでもいうべき、不思議な出来事を書き残している随筆が出始めます。
 また、それとは別に、笑い話に特化した笑話集も出始めます。この代表格が、安土桃山時代から江戸時代初期に生きた策伝という人物による『醒睡笑』でしょう。
 あるいは、政治家が自らの業績を書き残したものが随筆として残る場合もあります。代表格が六代将軍、七代将軍に仕えた新井白石の『折たく柴の記』でしょう。
 と、随筆そのものも細分化されていくのですが、これらの随筆も、往時の人々の心象風景を知る手段の一つとして使えますし、極端な話、小説の種になります。
 江戸後期に成立した奇談集『兎園小説』に、「うつろ舟の蛮女」という話があります。変な船に乗った、男の生首を抱えた女が浜に漂着したという奇譚で、その船の形がいかにもUFO型(正確には羽根つきの飯釜型)なので、時々「江戸時代にUFOが漂流!」という見出しと共に紹介されています。
 ここに何を見出しましょう。
 江戸時代後期、捕鯨熱の高まりによって西洋列強の船が日本近海に現われました。この歴史的事実を反映した都市伝説と見るのも一つ。
 あるいは、アジア地域に存在する類話の一つとして理解するのも一つ。
 「これ、女スパイだったんじゃないの」と物語を作るのも一興です。
 随筆って、色々な意味で宝の山なんです。
 なので、描きたい時代がある方は、その時代にものされた随筆を一つでもいいので読み込むと、新たな発見や話に広がりを持たせることができますよ。

随筆ってどう探すの?

 えっ、随筆の探し方がわからない?
 いやいや、そんな難しいことじゃないですよ。
 『日本古典文学大辞典』(岩波書店)という本があります。この本は日本の古典作品を対象としたレファレンス本です。こちらを参照すれば、古典作品がどういう形態で刊行されているか、当てをつけることができます。
 ちなみに、江戸期の随筆を探しておられるあなたは、『日本随筆大成』(吉川弘文館)あたりを探ってみるとよろしいかと思います。どちらも数巻にわたるもので、すべて購おうとすると(場所的にも金銭的にも)とんでもないことになるので、図書館などで探してみて、気に入ったものを読み込んでみる、というやり方をお勧めします。
 確かこのエッセイでも書きましたけど――。参考資料に困ったら、図書館のレファレンスサービスを利用しよう! これに尽きます。

でも、注意も必要で

 江戸期の随筆の中には、考証本と呼ぶべきものがあります。現代で言う歴史系人文書ですね。平安期の有職故実の研究は江戸期にも活発に行なわれていますし、ある種の研究によっては江戸期の考証も参考になる場面もあるといいます。
 しかしながら、考証本については、明治以降の研究の進展により間違いであったことが判明していることが多いです。
 すごく言い方が難しいのですが――。学問的な成果として受容するのではなく、当時をしるためのよすがとして利用する、という態度を取る方がベターだと思います。

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