人間として健康に生きるのなら雇用労働は週に2日~3日が理想

 最近このような書籍を見つけたので読んでいる

 まだ全部を読み切ってはいないが書籍の最後あたりで、労働から半分下りる選択肢を持たないと、本を読む時間は造れないと書かれていた。

 要は半分だけ労働、半分だけ自分の時間。この自分の時間は自分の事をするだけの時間だ。本を読む以外に自分の事は何をしてもいい。フルタイムの労働から半分抜け出す事で、人生をより充実させる方向に持って行けると書籍内で提案されていた。

 まぁそりゃ分かっているが、それが出来れば苦労しない。と言うのが大体の人間の意見だと思うが、昔の様にフルタイム労働をしない人間は非人間、怠けている、甘えと言う風潮がようやく間違いだと言う認識が広まってきたのは良い兆候だ。

 日本人はと言ったが、本来働きたくなんかない人間が大半だろうに、自分の本音を無視して、他人が楽をするのが許せない、労を同じくしないと他人を許容できない、嫉妬深い人間が増えたから、労働に大きく人生を棄損され、たかが労働に人生を壊される人間が増えてしまった。

 フルタイム労働をする⇒疲れる⇒本を読む時間、自分事の事をする時間が無くなる⇒手軽に得られる快楽に、スマホに手が行く⇒スマホ依存になる⇒より人生の時間が奪われる。

 たしか書籍内にも記載があったが、スマホで得られる物には本と違い、文章を読むと言う余計な行為をしなくて良く、楽に情報を強いれられる。だから依存させられ、さらに時間を奪われてしまう。電車内で奴隷労働で疲弊させられてしまった人間達が、スマホばかり触っているのがその良い証拠だと思う。

 スマホでのコミニケーションが主体となった所為で、体感だがテキスト上での読解力が低下している人間が非常に増えたのかなと感じている。以前Xのアカウントを造っていた時に、他人のリプを観察していると、純粋に他人がどんな意図でその発言をしているのか、まるで分かっていない人間が多い様に感じたが、あれもスマホばかり触っている所為じゃないかと。

 スマホの短期快楽に依存させるほど、人間の余裕を喪わさせ、疲弊させる社会がそもそも大悪なんだが、そんな事を言ったところで社会が人に優しくなるのは、資本主義を掲げている限り無いので、人間性を取り戻したい、人間らしい生活を取り戻したいと思うのなら、疲労の原因である奴隷労働を抑えないといけない。

 その為には、自分の能力や価値を上げて短時間労働、フルタイムしなくてもいい様な環境に行くか、または生活費を見直し、あまり働かなくていい様にするか、くらいしかないだろう。

 書籍内では労働の日数をフルタイムではなく半分にする、との提案があった。提案だ。提案。正直現実的ではない。大体の人間には厳しい。著者は出来たかもしれないが、凡人には時間が掛かる。それに各々前提条件が異なる。仮に伴侶がいたりして、そいつの収入に依存出来るなら話は別なのかもしれない。

 ただ、一つだけ分かった事として、やはり人間らしい生活を取り戻すには、フルタイム労働は百害あって一利も無いと言うことだ。

 あくまで俺個人の意見だが、人間らしい生活を送りたいのなら、奴隷労働はせいぜい週に2日が限度だろう。理想はね、理想は週に2日だ。それ以上は他人のビジネスの奴隷になっているのと大差ない。週に2日労働がデフォルトになる時代はいつか来るのかもしれないが、そんなのを待っている間に大体の人間はあの世に逝っちまうので、だからどんな形であれ現実逃避的なFIREの価値観が流行しているのかなと思いますね