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楽譜のお勉強【81】ウィリアム・ウォルトン『ヨハネスブルク祝典序曲』

ウィリアム・ウォルトン(William Walton, 1902-1983)は20世紀に活躍したイギリスの作曲家です。ブリテンやヴォーン=ウィリアムズと並び、20世紀のイギリスを代表する作曲家と言えます。ブリテンと違って、かなり寡作ですが、人生の全ての時期に渡って、代表曲と言える作品を残していて、まずまず再演にも恵まれています。よくプログラムに上るのはヴィオラ協奏曲やギター独奏曲『5つのバガテル』などですが、2曲の交響曲やオラトリオ『ベルシャザールの饗宴』などもしばしば演奏され続けています。

ウォルトンの音楽の特徴は変拍子を用いた大胆なリズムや新鮮な響きの和声です。壮大な表現と明瞭な調性感を持つ音楽を好み、規模の大きな音楽をいくつも残しました。今回読む『ヨハネスブルグ祝典序曲』(»Johannesburg Festival Overture«, 1956)は、演奏時間7分ほどの小品で、ウォルトンの管弦楽曲の中では規模が小さい部類です。何度も繰り返される主題やモチーフによって一気に聞かせる語り口は、爽快な印象を与えます。編成は通常の三管編成で、打楽器セクションが3もしくは4人の奏者を必要としていて、大きめです。シンバル(クラッシュとサスペンデッド)、トライアングル、マラカス、カスタネット、クラヴェス、シロフォン、グロッケンシュピール、サイドドラム、テナードラム、大太鼓、タンバリンが用いられます。

ウォルトンは3曲の独立した序曲を残しており、今回読む楽譜は、オックスフォード大学出版から出ているウィリアム・ウォルトン全集の第14巻で、全ての序曲が収められています。序曲『ポーツマス岬』(»Portsmouth Point«, 1925)、喜劇的序曲『スカピーノ』(»Scapino«, 1940)に続く最後の序曲で、ウォルトンの傑作として知られる交響曲第2番を完成させる数年前に完成されており、充実したオーケストレーションを見ることができます。初期の『ポーツマス岬』では割とベタ塗りに聞こえる管弦楽の扱いは、洗練され、無駄を省きながらも極めて効果的に計画されており、作曲家の円熟を窺い知ることができます。『ヨハネスブルグ祝典序曲』は、南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグの70周年を記念して委嘱されました。作曲中、ウォルトンはアフリカから送られてきたアフリカ音楽の録音資料を聞きながらインスピレーションを鍛えたと言われています。

私がこの序曲を聴いて最も魅力に感じたのは、キラキラと音の粒が光るような表現です、アーティキュレーションなのか、音の並べ方なのか、どういった作り方でこのキラキラが実現しているのかを中心に読み解いてみました。まず、冒頭で打楽器を除く合奏による和音が上行していきますが、その一打一打に特徴的な残響が聞こえます。管楽器群は普通に和音を吹いて上行するだけですが、同じ和音をなぞる弦楽器群は、八分音符の音価の中に、16分音符2打を入れています。なおかつ、拍頭はアクセントで、2打目はエコーのようになっています。シンプルな和音の上行も、一瞬明滅することで響きの輝きが増すことが聞き取れます。そしてそのリズム・モチーフを活かした伴奏型へと繋がるのです。伴奏が定着したら、クラリネットが伴奏に動きを与えますが、柔らかいクラリネットの音色で16分音符の速いパッセージのスタッカートでやわやわと進行するのが小気味良いです。第1ヴァイオリンが倚音を活かした上行アルペジオ主題で駆け上がっていき、最高音に到達するタイミングでフルートがメインのメロディー奏に加わります。古典的でシンプルながらも、輝かしさがよく保証されていて、美しいです。

続く部分では、クラリネットが請け負っていた16ビートの刻みを3分割された第2ヴァイオリンが受け継ぎます。上下動するアルペジオですが、全て細かくスタッカートでアーティキュレーションが施されており、軽やかさが際立っています。高音から低音に向けてフレーズがまとまると、今度はそれを受けて下行アルペジオが主旋律の一部になります。2人のホルンのユニゾンから始まりますが、オーボエと第1ヴァイオリンのピツィカートを重ね、大変に色彩的な響きの線を作りますが、さらにその1オクターブ上にフルートを重ねています。フルートは音価を1/2にして、開始点ではオクターブ上ですが、到達点が一緒になるように計算しています。シンプルな和音の、ただの下行アルペジオを聴いているだけなのに、何と面白みのある響きでしょうか。

リハーサル番号[8](137小節)から、弦楽器の上行グリッサンドを含む短いモチーフに木管楽器の下行音階レガートを組み合わせる技が見られます。反行は西洋音楽の基本ですが、噛み合わない長短の組み合わせ、拍点ずらし、などで非常に豊かな音像が作られています。

リハーサル番号[16](256小節)からは、おもむろにティンパニ、スネアドラム、テナードラム、マラカス、クラヴェスがリズム・パターンを作り、アフリカ音楽を感じさせる立体的なリズム・セクションが始まります。他の部分は抑制された管楽器の和音と、高音弦楽器の音階を乗せているだけですが、無駄がなくとても効果的です。

最後の方になると音楽は次第に加速していき、クライマックスを形作ります。あまりシンプルな構成を好まない私ですが、このような祝典的な気分には相応しいと感じますし、良い効果を生んでいます。全体に、弦楽器群は細かい音符もレガート奏をあまりせずに、弓を返し続けている曲です。クライマックスでのプレスティッシモになってもそれは変わりません。常に響きがキラキラと光っているところがこの作品の最大の魅力でしょう。主題も長いものは少なく、短い主題を次々に提示しながら作っています。

今回ご紹介した動画は、ドイツの国立ユース・オーケストラのものです。ドイツ全土で大変優秀な若者が集められたオーケストラで、そのままプロになっていく人も多いです。ドイツの演奏家教育の底力を感じる動画を発見したので、今回ウォルトンを読むにあたって、『ヨハネスブルグ祝典序曲』に決めました。ウォルトンでは、他に歌劇『トロイラスとクレシーダ』も、いつか読みたいと思って所有しています。生き生きとしたオーケストレーションと明るい響きが魅力的な作曲家ですので、今後も勉強していこうと思います。

*「楽譜のお勉強」シリーズ記事では、著作権保護期間中の作品の楽譜の画像を載せていません。ご了承ください。


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