気軽に免疫学 ー 3

前回は「自然免疫」のうちの補体について説明をしたが、補体だけじゃなく他にも色々な物が自然免疫をになってオイラたちの体を守ってくれている。補体のところでちらっと出てきた好中球とか大食細胞も含まれている。それらは一旦脇に置いて「獲得免疫」のほうに話を移したいと思う。と言うのも獲得免疫は自然免疫と密接に繋がっている、というよりむしろ自然免疫の協力がないとうまく機能しないんだ。だから自然免疫に関する話もそこかしこに顔を出すだろう。

その前に少し専門的な用語の説明をしておきたい。なるべく難しい単語は使いたくないが、何かに例えてばかりいると文章が長ったらしくなって却って分かりにくくなると思うのだ。なので頻繁に出てくる専門用語だけは覚えていてほしい。

抗原 免疫系にとって排除の対象になり得る物質もしくは分子。普通は外からやってくるが、自分の体の中にあるものも対象になり得る。その場合は自己免疫疾患という難病にかかるおそれが出てくる。

抗体 これから説明する免疫グロブリンの別名。短い名前だから説明するときに便利だ。

特異性 抗体は原則的にひとつの抗原にしかくっ付かない。この性質を特異性と呼ぶ。例えばスギ花粉症の場合、スギ花粉が持つ抗原に特異性を持つ抗体が体の中にできる。抗スギ花粉抗体によるアレルギー反応とも言ったりする。

準備はいいかな?それじゃあ抗体、すなわち免疫グロブリンの話に進もう。

免疫グロブリン ー 想定外を想定する

その前に、さっき抗体はある抗原に特異性を持つ、という説明をしたが、特異性というのはもっと一般的なものなんだ。例えば筋肉を動かすためにそこに繋がっている神経の端から神経伝達物質(この場合はアセチルコリンという分子だ)が出されてきて筋肉細胞の表面にある受容体タンパク質にひっつく。このアセチルコリン受容体タンパク質はアセチルコリンにしかくっ付かない。成長ホルモンなんかにくっ付いたらヘンテコな事になってしまうのは想像できるだろう。筋肉だけではなく体の至る所で色々な分子とその受容体がくっつき合いながらオイラたちは生きているんだ。だから特異性というのはオイラたちの体がうまいこと働くために欠くことのできない大切な性質というのはわかってもらえたかな?
全ての受容体にはそれに特異的な分子があらかじめ決まっていてるわけだ。補体のシステムのインプット2に関わるレクチンもある種のバイ菌さんたちが持つ糖鎖に対する特異的な受容体だと考えることもできるよね。しかしそういったレクチンにくっ付くような糖鎖を身に纏っていないバイ菌さんは補体の警戒システムをすり抜けてしまうではないか。それは非常にマズい。それをなんとかしなければいけないということで免疫グロブリンの出番となる。

しかしどんなバイ菌さんがくるのかあらかじめわかるわけもない、あるいは多種多様な毒素がこの世に存在するのに、それらにどうやって対応して抗体を作れるの?いやいや、そもそも全部に対応できるわけはないだろうと普通は思うよね?昔の人もそう思って、どういう種類の分子に対して特異抗体ができるのか動物を使って調べたんだ。動物といっても虫とかではなく背骨を持つ脊椎動物が免疫系を持つ事がわかっている。その中でヒトと近くて扱いやすい小さめの哺乳類、ネズミとかウサギなんかを使ったらしい。そうしたら(食塩とかあまりにも小さい分子はさすがに無理だが)思いつくほとんど全ての物質に対して特異抗体が作られたんだね。自然界に存在しないような合成された化合物に対してすらも!どうしてそんなことが可能なのか?!

ここで、体の中でタンパク質がどう作られるかおさらいしておこう。これは中学3年生あたりから高校生ぐらいで習ったはずだ。何故今更おさらいをするかと言うと免疫グロブリンはタンパク質だから今後の説明がわかりやすいようにする為だ。
細菌のような単細胞生物からオイラたち人間のような多細胞生物まで、生きていくために必要なタンパク質のいわば設計図を持っているが、それが遺伝子だというのは聞いたことがある人も結構いると思う。多細胞生物では色々な器官ががあって異なる働きをしているが、遺伝子のセットは同じだと習ったよね。肝臓と筋肉は違うタンパク質を作っているが、同じ遺伝子を持っていて、遺伝子から読み出される情報が細胞の種類によって、またタイミングもきちんと決められているということなんだ。遺伝子はDNAでできている。あるタンパク質の設計図となるDNAからmRNAが今言ったように決められた組織細胞の中で適切なタイミングで作られる。そこからタンパク質ができてくる。この一連の流れを「セントラルドグマ」という。かっこいい名前だね。でも普通は同じタイプの細胞、例えば肝臓から作られるタンパク質は肝臓のどの細胞からも一斉に同じものが作られる。そりゃあそうだ、みんな同じ遺伝子を持っているのだから。

さて、免疫グロブリンは血液中を流れる白血球という細胞の中のBリンパ球(B細胞)といわれる細胞たちが作っているんだが、どういう仕組みで侵入してきたバイ菌さんたちと戦っているのであろうか。それを説明するために主に3つの仮説が考え出されたんだ。
(本当の仮説の名前は「側鎖説」「鋳型説」「クローン選択説」と言うのだが説明しやすいようにオイラが勝手に変えた)

1)【B細胞=弁慶説】B細胞というやつはひとつでもたくさんの種類の免疫グロブリンタンパク質を作っているというのが最初に考えられた仮説だ。例えるなら武蔵坊弁慶。あの源義経のお供をして立ったまま討ち死にしたという伝説のある豪傑で、彼は七つ道具と言われる7種類の武器を持ち歩いていたという。これもまあ伝説の一部だが。今の若い人は弁慶など知らないって?じゃあワンピースのフランキーか。要するに一人でいくつもの武器を持っているとイメージしてほしい。そういう屈強なキャラがワンサカいると。きっと壮観な眺めだろうし、悪い奴らからしたら見ただけでビビりそうだな。ただしみんな同じセットの武器しか持っていない。うーむ、それではいくら何でも多種多様なバイ菌さんたちに立ち向かうのは無理でしょ。一体何種類の免疫グロブリンを用意しなければならないのだろう?遺伝子の数には限りがあるし、他にもたくさんのタンパク質を作らなくては生きていけないではないか。

2)【抗体=形状記憶?タンパク質説】次に考え出された仮説は免疫グロブリンタンパク質が抗原と接触するとその抗原の形に合わせて抗体分子の形が変化する。何だか形状記憶金属みたいだな。抗体はあらゆる種類の抗原に対してまとわりつくように形を変える、と言う訳だ。抗原を纏っているバイ菌さんからしたらキモいし戦意喪失しそうだ。しかしそれだと違う抗原がやってくる度に形を変えなきゃならなくなる。次回に書くつもりだが、免疫のシステムには「記憶」する能力があって体の中に同じ抗原が2回目にやってくるとそれに結合する抗体反応が1回目より早く、そして強くなるのだが、抗原に合わせて作られた抗体タンパク質をどうやってより早く大量に作るのか、この説だとうまく説明がつかない。

限られた遺伝子の数で多くの抗原に対応できる免疫グロブリンを作る可能性があるとしたら…

3)【リンパ球ガチャ説】そこで考え出された説は、ひとつのB細胞は1種類の抗体タンパク質しか作らないがおのおの特異性の異なる抗体を作る、というもの。これなら限られた遺伝子の数でも集団では多様な抗原に対して結合する抗体を作り出せる。どういうことかというとガチャガチャのボールを想像してもらおう。あのボールの中にはそれぞれ違ったおもちゃが入っているだろう?あのおもちゃの代わりに特異性の違う抗体が入っていると思ってもらえればいい。ガチャガチャの場合はお金を一回ずつ入れて1個買う訳だがB細胞の場合はあのボールがすでに大量に体中にあるとイメージしてくれ。そして体の中に入ってきた抗原がたまたまそれと結合できる免疫グロブリンタンパク質を作るB細胞に巡り会うとそのB細胞が抗原から刺激を受けて細胞分裂を起こして数が増える。増えた細胞はどれもその出会った抗原と結合できる抗体を作る、いわゆるクローンだな。これなら色々な事がうまく説明出来る。ただしこれが本当に正しいというためには個々のB細胞が異なる抗体の遺伝子を持っている証拠を示す必要がある。実際そうであると言うことを示したのが当時スイスのバーセルにあった免疫研究所で研究していた利根川進博士で、その功績によって彼は日本人として初のノーベル生理学医学賞を授与されたんだよ。

それにしても、リンパ球ガチャがあらゆる抗原に対応できるシステムなのは素晴らしいが抗原に出会わず消えてしまうB細胞も大量にあるだろう。こんな「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」システムなのは素朴としかいいようがない。それでもさっき書いた免疫の「記憶」する仕組みもうまく取り込まれているんだ。次回はBリンパ球がどういう仕組みで抗体タンパク質を作るのか深掘りしていきたい。

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