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竹松早智子評 ジェフリー・フォード 『最後の三角形――ジェフリー・フォード短篇傑作選』、(谷垣暁美編訳、東京創元社)

評者◆竹松早智子
幻想的な世界で現実と向き合う――何百年も先の未来、何億光年も離れた惑星。普通は訪れることができない世界も、ジェフリー・フォードの短篇集を開けばいつでもそこへ飛び込むことができる
最後の三角形――ジェフリー・フォード短篇傑作選
ジェフリー・フォード 著、谷垣暁美 編訳
東京創元社
No.3617 ・ 2023年12月02日

■何百年も先の未来、何億光年も離れた惑星。普通は訪れることができない世界も、ジェフリー・フォードの短篇集を開けばいつでもそこへ飛び込むことができる。
 ジェフリー・フォードはアメリカ生まれの作家で、日本では二〇一八年に初の短篇傑作選『言葉人形』が刊行された。本書はそれに続く二作目の傑作選で、十四の短篇が収録されている。編訳者あとがきによると、幻想文学を中心に構成されていた前作とは異なり、本書では「フォード作品の多面的な魅力」を紹介したいと思い、さまざまな短編を選んだという。幻想的な世界観は損なわれることなく、読者はあらゆる物語の舞台へと誘われる。たった四十ページほどの短編にはそれぞれ壮大な宇宙が広がり、そこに生きる人間の心模様とともに不思議な世界が描かれる。
 一作目の「アイスクリーム帝国」に登場するウィリアム少年は「アコースティックギターの調べ」を聞くと「目の前に金色の雨」が見える。このような共感覚という能力によって、ウィリアムがコーヒー味の食べ物を口にしているあいだだけ、アンナという少女の姿が見えるようになる。しばらくは一方的に観察していたウィリアムだが、実はアンナも共感覚の持ち主であることがわかり、互いの姿を認めて交流を深める。ところが物語の終盤、ある真実が明らかになると、これまで見えていた世界が一変する。しかし過酷な事実を前にしても、最後に訪れるのは心の平穏だ。その姿には諦観すら感じられ、物語の魅力を一層引き立たせる。
 「マルシュージアンのゾンビ」や「トレンティーノさんの息子」では、人間がいかに暗示にかかりやすいかを思い知らされるが、その一方で、超自然的な力が存在することを認めざるをえない心持ちになる。
 そして、蟲が支配する惑星を舞台にした「エクソスケルトン・タウン」や、戦争兵器として生きてきた将軍の伝記「ロボット将軍と第七の表情」は、SFの要素が色濃く出ているものの、現実と強く結びついている。欲望の渦巻く社会では、誰もが本来の自分を隠さなければ生きていけない。科学技術は当初、よりよい環境を目指して発展を遂げてきたはずだが、戦争に勝利したときの高揚感によってその気持ちはとうの昔に忘れ去られている。
 人の心を惑わす亡霊や魔術が頻繁に登場するのも魅力のひとつだろう。表題作「最後の三角形」では、年配女性と薬物依存症の青年が邪悪な魔法の行使を阻止すべく奮闘する。また、亡霊に悩まされる「タイムマニア」の主人公の少年は、ハーブの一種であるタイムを食すことで亡霊から解放される。だが、少年の見ている「現実」の正体を知ると背筋がぞっとする。アメリカの詩人、エミリー・ディキンスンの有名な詩をもとにして作られた「恐怖譚」では、死神が突然ディキンスンを訪ねてくる。ディキンスンの詩を好む読者には、作品のなかに散りばめられた仕掛けも大いに楽しむことができるだろう。
 年に一度、〈酔っ払いの収穫〉が行われる閉鎖的な村が舞台の「ナイト・ウィスキー」や、殺人事件を追う刑事と物言わぬ被害者の娘との交流を描く「星椋鳥の群翔」で、人々は未知のものに対する恐怖心と向き合う。やみくもに諸悪の根源を排除したために、破滅が訪れ、本当に大切なものを手放すことになる末路はおぞましくもあるが、どこか物悲しい。しかし、恐怖を前にして、ほかの選択肢を選ぶことができただろうか。
 マッドサイエンティストが瓶のなかに作り出した町がマトリョーシカのように延々とループする「ダルサリー」や、運命そのものの構造を描いた「ばらばらになった運命機械」は、人間の存在を超えて、宇宙の成り立ちにまで思いを馳せてしまう。著者による精巧な筆致と物語の緻密な構造を堪能できる作品でもある。
 「本棚遠征隊」と「イーリン=オク年代記」は妖精が主役だ。再び編訳者あとがきに触れると、この二作が選ばれたのは「どうしてそうなったのか、記憶があやふや」なのだという。「本棚遠征隊」に登場する小さな妖精の一団を思うと、好奇心旺盛でいたずら好きな彼らなら、知らぬ間に本書にもぐり込んでいたとしても頷ける。
 イーリン=オクはトゥイルミッシュ族の妖精で、「砂の城を拠り所」とする。つまり、砂の城が命そのものであり、城が崩れた時点で生涯を終える。この年代記に綴られているのは、生や死への思い、愛する人との出会いで動く心、美しい自然に触れたときの感動といった妖精の儚い一生である。ただ生きていることに精一杯の喜びを感じる姿には、愛おしさがあふれてくる。
 幻想のなかを旅することは、一歩引いたところから現実を見つめることでもある。短篇を巡りながら人間の奥深さを知り、ときに価値観を壊して己と向き合い、私たちは再び自分の生きる世界へ戻っていく。
(翻訳者/ライター)

「図書新聞」No.3617・ 2023年12月02日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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