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楠田純子評 ケイスン・キャレンダー『キングと兄ちゃんのトンボ』(島田明美訳、金原瑞人選、作品社)

差別や伝統的価値観渦巻く中で自己を見つめ、受容していく思春期の少年を描くヤングアダルト小説――今まで誰も紡いでこなかった新しい物語

楠田純子
キングと兄ちゃんのトンボ
ケイスン・キャレンダー 著、島田明美 訳、金原瑞人 選
作品社

■主人公のキングは十三歳。名前が他人には偉そうに響くに違いないと考え、大人に対して丁寧に接するよう心掛ける、無口な少年だ。学校ではベンチでよく一緒に過ごす仲間が五人。クラスメイトながら事情があり、一つ年上のアンソニーを除き全員黒人で、そのうちの一人、ジャスミンとは好きなアニメなど共通の話題があり、特に仲が良い。仲間の一人は二人を冷やかすが、キングにとってジャスミンは友達で、ジャスミンも同じように思っているはずだと考えている。
 家族構成は両親と三つ年上の兄カリッド。弟であるキングと一緒に両親が仕事から帰る前に帰宅し、テレビのリモコンを奪い合うのが常だった。勝つのはいつもカリッドだったが、チャンネルの選択権はいつもキングに譲ってくれた。学校では女子に人気があり、自分に対してあからさまな人種差別の言動を繰り返すマイキー・サンダースに立ち向かう強さがあった。その兄が、突然亡くなってしまう。
 住宅事情から兄弟は同じ部屋を使い、同じベッドで眠っていた。カリッドには妙な癖があり、寝ている時によくしゃべっていた。キングはその内容をノートに書き留めており、よく見返していたのだった。ある日の発言内容と、葬儀の際に起きたある出来事から、キングは兄がトンボになったと信じるようになり、以来、学校帰りにトンボが多数生息する湿地に立ち寄り、兄を探すのが日課となった。舞台はルイジアナ州。年間を通じて気温が高く、物語が主に展開する時期は冬にあたるが、汗ばむ気候であることが描写されている。
 兄の急死はキングだけでなく、一家を丸ごと変えてしまった。男たるもの泣いてはならない、と言っていた父は葬儀で全身の水分を絞り出すかのごとく泣いた。母はぼんやりすることが増え、笑顔は作り笑いとなり、それまで毎日作っていた夕食を作らなくなってしまった。カリッドがいない感謝祭、クリスマスを超えても、両親にはキングが抱える深い喪失感をケアするゆとりはない。
 そんなある日、いつものように湿地を訪れたキングはある人物に遭遇する。前述したマイキーの弟であり、キングと同じ学年のチャールズ、通称サンディだ。そしてサンディは、その日を最後に失踪してしまう。
 人は個人であると同時に、属性で判断される。人種差別が根強いことを示す象徴が、サンダース家だ。父親は保安官で、祖父はKKK(クー・クルックス・クラン)のメンバーだった。母親は家を出て不在である。人種差別という点ではサンディは例外だったが、彼自身が別の差別対象だった。ゲイ疑惑があり、学校でからかいの対象となっており、そのせいか常におどおどとしていた。
 実はキングはかつて、サンディと友達だったことがある。サンディもアニメが好きで、そのためジャスミンと三人で仲良くしていたのだった。時には二人で過ごすこともあった。だが、ある時キングから絶縁宣言をして、友達でなくなってしまう。宣言をしたのは、兄にサンディとの交友をやめるよう言われたためだ。カリッドが弟にそこまでさせたのには、深い理由があった。
 思春期というのはただでさえ大変な時期だ。心身ともに変化が著しく、当人ですら自分の変化についていくのが難しい。その上人種差別やゲイ差別があり、父からは男はこうあらねばならない、というしつけを受ける。さらに兄の急逝にかつての友人の失踪と、辛いことが立て続けに起きてしまった。多感な時期に多くのストレスを受けながら、それでも日々は過ぎ、成長は続く。
 本作は、そんな少年が自身のアイデンティティに悩み、弱さと向き合いながら成長する、自己受容の過程を描いている。また、思春期は親にも変化や成長の機会を与えることも教えてくれる。
 人は間違う生き物である。社会構造が与える影響によって、受け継がれる価値観によって、そして時に自分の弱さによって。問題は、間違いに気づいたときにそのことを認め、正していけるかどうかだ。
 著者であるケイスン・キャレンダーは二〇一八年のデビュー作『ハリケーン・チャイルド』から、これまで本作を含め十一冊の著作を世に送り出してきた。邦訳には他に『フィリックス エヴァー アフター』(著者名はケイセン・カレンダー)がある。この物語が生まれたきっかけは、これまでこうした話を読んだことがない、という、キャレンダーが敬愛するある編集者の言葉だった。今まで誰も紡いでこなかった新しい物語を楽しんでいただけたらと思う。
(翻訳者/ライター)

「図書新聞」No.3646・ 2024年7月6日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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