柳澤宏美評 パク・キスク『図書館は生きている』(柳美佐、原書房)
変化する図書館の苦労話と可能性――韓国出身で、アメリカの図書館で司書として働いた経歴を持ち、「図書館旅行者」の名で旅した世界各地の図書館の情報をSNSで発信もしている著者によるエッセイ
柳澤宏美
図書館は生きている
パク・キスク 著、柳美佐 訳
原書房
■たくさんの背表紙を見ながら図書館の本棚の合間を歩く。今考えると決して広くはない家のそばの図書館でさえ、自宅では味わえないワクワク感を感じたものだ。地元だけでなく、学校や大学、博物館等など、様々な場所にある図書館は、誰もが利用したことのある施設だろう。近年は本を手に取るだけでなく、社会施設としての役割も注目されている。実際、日本でも映画上映会やビジネス講座、電子機器の使い方講座などのイベントを開催する館は珍しくない。二〇一五年に鎌倉市の図書館が夏休みが終わり二学期が始まる前に「学校がつらかったら図書館にいらっしゃい」とツイートしたのも話題になった。
本書は、韓国出身で、アメリカの図書館で司書として働いた経歴を持ち、「図書館旅行者」の名で旅した世界各地の図書館の情報をSNSで発信もしている著者によるエッセイである。司書として働いていた時のエピソードだけでなく、図書館オタクとしての視点でも書かれている。著名な建築家が設計したからといって図書館として使いやすいわけではない、というような図書館建築についてのあれこれ、本棚が高すぎて装飾用の本を入れなければならなくなった図書館、プルーストやカサノヴァら司書として働いた著名人についてなど、図書館好きのアンテナに引っかかる興味深いトピックばかりだ。中でも印象に残るのは、請求番号や蔵書廃棄など、図書館業務にまつわる苦労話である。
図書館で本を探すとき、慣れている人なら検索機を使って請求番号を調べ、本の場所を探すだろう。これで本棚から目当ての本を見つけられるのだ。背表紙についているこの番号は、アメリカではデューイ十進分類法を多くの館が採用している。当然だが、この方法は万能ではない。同じ猫に関する本でも大人と子供の本棚は違うし、『吾輩は猫である』は猫の載っている図鑑と同じ本棚にはない。あくまでひとつの分類法に過ぎないのだから。この請求番号に関して利用者から求められたことや請求番号順ではない方法で本を整理しようとする試みが書かれている。
蔵書を捨てなければならない話も身につまされる。「特に最近では利用者中心の空間へと様変わりする中、書架を縮小して蔵書を減らす図書館も増えている。誰よりも本を愛する司書が、誰よりもたくさん本を捨てるのだ。死んでも本を捨てられない蔵書家にとって、図書館は悪夢のような職場かもしれない」。本が好きで司書になったのに、置く場所がないから廃棄する本を決めなければならないなんて……。保管場所の問題は図書館だけでなく、博物館等の施設でも問題になっており、永遠の課題だ。図書館によって処分する基準があるものの、それを順守できれば苦労はない。貸出実績のあるなしが基準のひとつとなることが多いが、そうすると話題のベストセラーばかりに実績があり、古典は実績がないと判断されてしまう。だが、ホメロスやシェイクスピアがない図書館になってしまっては困るのだ。そこで一九八九年に登場した「ゲリラ司書」の存在が言及されている。
そしてデジタルに関する試みも紹介される。デジタル化の波はもはや賛成・反対で議論するものではなくなって久しい。日本における電子書籍元年は二〇一〇年とされ、特に雑誌やコミックの売上における電子書籍の割合は年々増えている。さらにここ数年のコロナ・パンデミックによって世界的にデジタル化が一気に加速した。電子書籍が出てきたとき、愛書家のなかには「物としての実体のない本なんて」と思った人もいただろうが、今やデジタル図書館は世界のどこにいてもアクセス可能な情報源で、ウェブ上で美しい本や挿絵を見続けて時間が経つこともしばしばだ。一方でその反動のように若者を中心にレトロブームが起こり、カセットテープやビデオテープ、レコードの人気が復活した。そこで図書館がデジタルもアナログも同居する場として浮かび上がる。そう、どちらも必要なのだ。実際にアメリカの図書館ではタブレット端末の貸出を行う一方で、折り紙やボードゲームといったアナログ活動を推奨している館もあるという。あらゆる情報にアクセス可能にする施設としての図書館の重要性は今後も変わらないだろう。
さて、本書には「ブックマークすべきデジタル図書館」や「図書館旅行者の書斎」といった参考資料もリストアップされている。これらをひとつひとつ見つつ、「あなたの旅行計画に加えるべき図書館」を見て、実際に足を運ぶ図書館をピックアップしていくのも楽しみだ。
(学芸員)
「図書新聞」No.3639・ 2024年5月18日に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。