馬場理絵評 パッツィ・ストンマン『シャーロット・ブロンテ:過去から現在へ』(樋口陽子、彩流社)
「作家シャーロット・ブロンテ」と「私たち」――『ジェイン・エア』を中心に
ブロンテの作家としての人生の軌跡を丁寧にそして鋭い洞察力をもって解説
馬場理絵
シャーロット・ブロンテ:過去から現在へ
パッツィ・ストンマン 著、樋口陽子 訳
彩流社
「作家シャーロット・ブロンテ」と「私たち」――『ジェイン・エア』を中心に<br>ブロンテの作家としての人生の軌跡を丁寧にそして鋭い洞察力をもって解説
■パッツィ・ストンマン『シャーロット・ブロンテ――過去から現在へ』は、今もなお世界中で読まれ続けているヴィクトリア朝小説『ジェイン・エア』の作者、シャーロット・ブロンテの作家としての人生の軌跡を丁寧にそして鋭い洞察力をもって解説する。想像力の世界に没頭し自由に編み上げられた青年期作品から、孤独な魂の苦しみを描いた最後の小説『ヴィレット』まで、シャーロットの作品の進展を辿り、いかにこれらの作品が様々な批評にさらされ、解釈されてきたか、そして『ジェイン・エア』が異なる時代ごとにいかに多様に受容され続けているかが考察されている。シャーロットの作品に初めて親しむ読者にとっては、ブロンテ文学の魅力へと導く極めて魅力的な入門書であり、ブロンテ文学の研究を志す者にとっては、重要な作品理解及び解釈、作品批評史の概括を示す必読書となっている。翻訳書に加えてぜひ原書も手に取っていただき、さらに理解を深めてほしい。
第一章は、シャーロットの幼少期及び初期作品に着目する。エリザベス・ギャスケルの『シャーロット・ブロンテの生涯』によって語られるブロンテたちの孤独で寂しい幼少期と、厳格で変わり者という父パトリックの人物像は、現代の研究では修正を加えられている。シャーロットのカトリック教徒に対する態度や産業革命が引き起こした暴動への恐怖は、父パトリックの体験に由来する。ストンマンは、シャーロットの作品の特性であるバイロンの影響は、パトリック独特の道徳教育によってもたらされたものと指摘する。ガヴァネス体験での失望においてシャーロットは想像の世界に救いを求めたが、シャーロットを熱狂させた架空の王国アングリアでは女性キャラクターの主体性は弱体化されている。
第二章では『教授』が扱われるが、この作品において、男性主人公ウィリアム・クリムズワースは、サミュエル・スマイルズの『自助論』で謳われる立身出世を見事に果たす。エリザベス・リグビーが指摘したように、シャーロットは「生まれ、知力、作法」において雇用者に勝りながら社会的地位においては雇用者に劣るというガヴァネスの曖昧な立場によってもたらされる葛藤に苦しんだが、テリー・イーグルトンは、この経験こそがブロンテ姉妹の作品の独特の力強さを形成した、と指摘する。
第三章は『ジェイン・エア』を扱う。ストンマンは、この作品では、主人公ジェイン・エアの社会的な地位の低さを象徴する「孤児」という立場が、逆説的に彼女が自らの人生を切り開く主体となる手助けをするために、「男性の教養小説の模倣」を可能にしている、と指摘する。エドワード・ロチェスターの前妻、クレオール人のバーサ・メイスンの「屋根裏の狂女」としての描写は、十九世紀の読者の反応から、ヴァージニア・ウルフによって示された見解、サンドラ・ギルバートとスーザン・グーバーに至るフェミニズム批評的解釈の変遷を辿り、ポストコロニアリズム批評を経て、作品が内包する帝国主義的性格を暴きながら、作品構造を支える重要要素として認識され続けている。
第四章で扱われるのは、社会小説というジャンルが確立されつつある時期に執筆された『シャーリー』である。時事問題を扱うことに積極的でなかったシャーロットは、チャーティスト運動に対応するものとしてラダイト運動を取り上げることで、小説の舞台を現在から遠ざけた。労働者の一人を代弁者として労働者たちの生活的困窮を描くことが試みられてはいるものの、シャーリー・キールダーとキャロライン・ヘルストンの描写を通して、『シャーリー』の主題はシャーロットの他作品と同様、結局は女性と「忍耐」の問題に帰している、とストンマンは指摘する。
第五章は『ヴィレット』を扱う。主人公ルーシー・スノウは孤児となり自分自身のみを頼みとするしかない人生を余儀なくされるため、「女性が男性に依存し、男性によって判断されることに甘んじる男性‐女性という経済構造」からは初めから身を引いている。『ヴィレット』は、サリー・シャトルワースが論じるように、フーコーが示した「監視についての強迫観念的懸念に関する理論的枠組」を反映しており、主人公の心理の象徴として描かれる修道女の幽霊が超自然的存在でありながら作品のリアリズムにも寄与するという点が特に高く評価されている。
第六章『読者及び翻案者』では、シャーロット亡き後も、『ジェイン・エア』が広く人々に親しまれ続けたことが、様々な翻案作品の紹介を通して論じられる。『シャーリー』や『ヴィレット』も翻案作品が生み出されてはいるが、シャーロットの作品の中で最も注目を集めたものが『ジェイン・エア』である。『ジェイン・エア』は、「絶え間なく訴える力」を持つ作品として、時代の流れの中で生まれる様々な需要に応えてきた。ストンマンは、『ジェイン・エア』の魅力は、そのイデオロギー的曖昧さ――革命的とも保守的とも捉えられる性質――にあると考察する。
(バーミンガム大学博士課程在籍、中央大学非常勤講師)
「図書新聞」No.3632・ 2024年3月23日に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?