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星野山無量寿寺仏地院 中院ぶらり

埼玉県川越 通称 中院

天長7年(830)伝教大師最澄の弟子、慈覚大師円仁が、芳道仙人の古跡であった仙波の霊場を天皇に奏上。
あらためて一寺を建立し、星野山無量寿寺仏地院の勅号を賜りました。この星野山無量寿寺仏地院が中院です。
星野山無量寿寺の中に北院喜多院・中院・南院の三院がありそれぞれ仏蔵院仏地院多聞院と称していたものである

この中院は現在の東照宮(川越に仙波東照宮があります)の地にあったものが東照宮建造の折りに現在地に移されたものである

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山門

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スッキリとした境内

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大正天皇御手植松とあります


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画面に映る斜めの松が大正天皇御手植松


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本堂
前の2本の赤松が素敵


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一心欲見仏 不自惜身命
建康ハ最高ノ幸福 満足ハ最大の財産
と書かれています

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不染亭

島崎藤村の妻の母に藤村が贈ったお茶室
別の場所にありましたが マンション建設のためにこちらに移築された
藤村の母堂に送られた孝心と遺徳を偲び昭和の川越の文化財として長く活用し伝承されている


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釈迦堂


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釈迦堂の脇に
狭山茶発祥之地の石碑

「狭山茶発祥之地」の碑。天長7年(830年)当院創建のとき、慈覚大師円仁(じかくだいし えんにん)が京より携行した茶の実を薬用として境内で栽培。のち、川越藩領の狭山丘陵で茶の栽培が広まったとのこと


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鐘楼門

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紅葉がきれいでした


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赤門
門の向こうにみえる紅葉がきれいです

古格ある赤門は山門の北側にあリ、500年近く前の建立になる。「特別保護建造物」(此門400年前建物取調書編入 明治36年埼玉県)の門標が見える。


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道を挟んで向かい側に「南院遺跡」戸立て看板があり
「明治二年の神仏分離令により
廃仏毀釈運動(寺院・仏像の破壊)が起こり廃絶」とあります
石碑や石仏が集めて置かれています


中院はとても静かで境内もきれいで木々も季節ごとに楽しめるところです
桜の季節もきれいです

散歩がてら、観光がてらにちょっと寄ってみると
和みます
わたしの好きな場所です


中院ぶらり動画⬇️よかったら観てみてください





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