見出し画像

高みを目指して

Blur - The Hights

Suppose I'm on my own tonight
Suppose I've got to find the heights
I gave a lot of heart, so did you
Standing in the back row, this one's for you

Seeing through the coma in our lives
Something so bright out there, you can't even see it
Are we running out of time?
Something so momentary that you can't even feel it

I'll see you in the heights one day
I'll get there too
I'll be standing in the front row
Next to you

Seeing through the coma in our lives
Something so bright out there, you can't even see it
Are we running out of time?
Something so momentary that you can only be it

So momentary

今夜はひとりかもしれない
高みを見つけなければならないかもしれない
心をたくさん注いだ、君も同じように
後ろの列に立っている君に、この歌を捧げる

僕たちは途方に暮れている
外では何かが明るく輝いているけど、見えないんだ
僕たちは時間切れなのか?
あまりにも儚くて、感じることさえできない何か

いつか君と高みで会おう
僕もそこに行くよ
君の隣で
前列に立つんだ

僕たちは途方に暮れている
外では何かが明るく輝いているけど、見えないんだ
僕たちは時間切れなのか?
あまりにも儚くて、ただそれそのものになれるだけのもの

本当に儚いんだ


***


長く生きてると、自分と価値観がだいぶ違うな〜というような人とも接することが多くなって、自分が当たり前に思っていることも当たり前じゃないというふうに相対化できるようになります。

例えば、人は誰でも新しいモノゴトが大好きで、知らないことを知ったり体験したりする好奇心に満ちあふれているものだと思っていたけど、そんなのはごく一部の人の人間で、そしてそれはどちらかというと若い人に顕著で、歳をとるにつれてその割合も減っていくみたいなことがなんとなくわかってくる。

例えば、人はだれでも成長したい、高みを目指したいと思うのが普通だと思ってたけど、成長はそこそこに、高みを目指すよりもなにげない一日を毎日平和に過ごしたいと思っている人が多いこともなんとなくわかってくる。

そして、世の中、上には上があり、下には下があるように、ある人からみて僕は好奇心旺盛に見えるけれども、ある人からは好奇心がぜんぜんない人のように見え、ある人からみて僕は成長したい意識高い人に見えて、ある人からはまったくもって意識が低すぎに見えているということもわかってくる。

この曲は去年2023年のSUMMER SONICで、僕が長年その音楽を聴き続けてきたBlurのライブにはじめて参加、満員のアリーナの後方からステージを眺めながら、とても印象に残っていた新曲です。

当時は歌詞がどんな意味だかを知らずに聴いていたんですけど、いまになってよく読んでみると、まさしくそのときの僕に向けて向けられたという感じ。

若い頃から時間が経ったいまでも、フロントマンのデーモンと、もろもろ境遇は違えど、とても共感できる存在なんだということがよく伝わってきて感激したのでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?