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余命1週間からの復活

 88才の妹さんと二人で暮らす91才の男性サトシさん(仮名)は、認知症を患っていましたが、身の回りのことは何とか自分でできていました。ある日、息をするのがつらくなり、病院を受診したところ、誤嚥性肺炎をおこしており、そのまま入院となりました。口から食事をすると肺炎がまた悪化する恐れがあることから、絶飲食となり、持続点滴が開始され、お薬は経鼻胃管チューブ(栄養注入や服薬のため、鼻から胃に挿入するチューブ)からの注入となりました。肺炎予防のための痰の吸引も頻回に行われました。サトシさんは、吸引の苦しさから抵抗したり、点滴を抜こうとするため、両手にはミトンを付けられてしまいました。サトシさんは、入院一か月ほどで状態が良くなるどころか悪化し、「あと1週間くらいの命」と宣告を受けたのです。高齢で認知症、肺炎を患った方はたいていこのような経過をたどります。多くの方は、「このまま最後まで病院で治療を受け続ける以外の選択肢があるのか?」と思われるかもしれません。
 しかし、サトシさんの人生はここでは終わりませんでした。余命1週間と言われてから1ヶ月後に迎えたお正月に、サトシさんは好物の寿司を自身で食べ、大きなグラスでビールを堪能し、「最高じゃ!」とつぶやいていたのです。サトシさんをここまで回復させたものは何だったのでしょう?
 余命1週間といわれたサトシさんは、最期を迎える覚悟で当院に転院してきました。私がサトシさんの妹さん、担当ケアマネジャーと今後の方針について話し合ったとき、妹さんは「もう十分生きてきたのだから、人間らしい最期を迎えさせてやりたい」との意向を示されました。 
 そこで点滴も経鼻胃管チューブも抜き、食べられる分だけ口から食べて、自然に看取るという方針でサトシさんを看ていくこととなりました。点滴を止めると、痰が減り、吸引の必要はなくなりました。チューブ類はすべて外したので、ミトンを付ける必要もなくなり、暴れる原因もなくなりました。医療処置をやめて、身体拘束からも解放されたのです。
 少しでも口から味わう楽しみを持ってもらおうと、サトシさんの摂食嚥下機能訓練が始まりました。言語聴覚士による訓練だけでなく、口の中を清潔に保つ口腔ケアにも力を入れました。そして、とろみを付けて飲みやすくしたお茶を飲むことから始め、その日の体調に合わせ、少しずつ食べる量を増やしていきました。入院して1週間後には、穏やかに座って自らお箸やスプーンを持ち、食事を全量食べられるまでになったのです。

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