アイネクライネナハトムヂヰク



枕元の小さな讀書燈どくしよたう
照らされた手の甲の蕁麻疹をてゐた
顎にも痛む面皰にきびがある

ヱツセンシヤルオヰルの匂ひ
勿忘草が搖れる 黃金色の丘の上
わたくしの沈默と本の能辨のうべん

未發達な昆蟲こんちゆうたちの夜のざはめき
碧翠あをみどり色にぼんやりと光る植物は
睡たげに星の光をうなぢに受ける

誰ももう何も云はなひ

アイネクライネナハトムヂヰク
幼い頃に聽いたままの其れは優雅で甘美で
とても涼やかな大理石を思はせる

宮廷にいたのだ 確かに
あの涼やかな宮廷でくちにする果實かぢつ
甘さ 瑞々しさは 今もあのひとの
わたしを撫でる指先にだけ殘つてゐる
それ以上に美しい光景は見た事が無かつたIch hatte noch nie eine schönere Aussicht gesehen

瞼が薄く痙攣して目醒めた
外は白闇の暈ける深い時の底で
靜寂が恐ろしいほどの容量で
世界全體ぜんたひをコオテイングしてゐるのだつた

育ちすぎたアロカシア・オドラの
巨大な葉の翳に隱れてわたしは寢返りをうつ
身體の輪郭を飾るように椿の花が
何十個もの花が わたしをかたどつて
置かれてゐるこの美しい夜にだ
モツアルトよ いつたい何をしてゐるのだ

ゐのちは有限なのだ と
くちのなかで小さく呟いた
仕方なく 味はうやうにして

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