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第48次オオサカ夏の陣

目の前のスクリーンに映し出された、萌え系アニメのヒロインのようなCGの女の子が、「バキュン!バキュン!」と口に出して言うたびに、俺の周りのレンジャー隊の猛者たちが胸を押さえてバタバタと倒れていった。

「ソネザキ隊長っ、アベノ軍曹っ!」何が起こったのか理解できないでいる俺とヨヨギが、慌てて自動小銃を構えてスクリーンに向けて発砲する。いや、正確には発砲しようとしたその時、ヨヨギが弾かれたようにのけぞり、そのまま後ろ向きに倒れた。「ヨヨギーッ!くそっ!」トリガーを引こうとした瞬間に左胸に激痛が走り、俺の意識は遠くなった。

1時間前

「おいシブヤ、お前、マツヤとヨシノヤやったらどっちがスキヤ?」唐突にソネザキ隊長から問いかけられて、俺は一瞬答えに詰まった。「すみません、おっしゃる意味がよくわかりません。」俺は正直に答えた。

「マツヤはマツヤ、ヨシノヤはヨシノヤ、スキヤはスキヤではないのですか。」
この状況での会話としてはまったく似つかわしくない、高級料理店の名前を俺は口にした。

この3つの料理店は、俺が生まれるはるか以前には、誰でも簡単に口にすることのできた「牛丼」という名前の料理を出すファストフード店だったらしい。牛肉は現在では滅多に口にすることのできない高級食材で、俺も今までに一度だけ、そう、まだトウキョウに住んでいた頃に一度だけ口にした、という記憶があるのみだ。

俺はオオサカ陸防団第551機動歩兵隊、第3レンジャー隊に所属している兵士だ。俺が生まれる前からオオサカとトウキョウは断続的に戦争をしている。長くは守られない停戦と長い不毛な戦闘の繰り返し。トウキョウにいた頃じいちゃんに戦争の始まった理由を聞いたことがある。じいちゃんにもよくわからないらしい。

たぶんウソだと思うけど「天津飯のあんかけにケチャップを使うか否か」でもめていた双方のデモ隊が暴徒化して殺傷事件にまで発展、なし崩しに暴動が拡大、最後には鎮圧に出動した双方の軍隊が衝突、というのが発端だという説があるらしい。だとすると最悪だ。くそったれのヒマ人どもに悪魔の裁きあれだ...。

俺とヨヨギはトウキョウからの亡命者の子供、いわゆる亡命2世と言われている。亡命2世が就ける仕事はそんなに多くない。続く紛争でオオサカは疲弊しているからだ。結局は食っていくために兵士となって、追い出された故郷の兵士に引き金を引くしかなかった。

シブヤ、ヨヨギというのは本名ではなくコードネームだ。亡命者のコードネームには出身地の町の名前が付けられることが多い。トウキョウの町の名前がついたオオサカの兵士。トウキョウの奴らからしたら裏切者、オオサカの人間からすると、俺たちはいつまでもトウキョウから流れて来た監視対象なのかも知れない。

「アホ、スキヤとちゃうで」アベノ軍曹が笑いながら俺に話しかけてきた。「違うよ」をあらわす「ちゃうで」にいつまでたっても慣れない自分がいる。

「隊長はマツヤとヨシノヤやったらどっちが好きやねんって聞いてはるんや。」
「あぁ、そういうことでしたか。でもワタシはどちらにも行ったことがないのでよくわかりません。」

「すまん、説明が足らんかったな。」
隊長も笑いながら会話に割って入ってきた。
「この先の丁字路の正面に崩れかけのビルがあるやろ。そこから大きく右か左に迂回してダッーっと行って、さらにもう一度北に曲がってピャーッと行った先に今回の目的のビルがあるんや。そこに突入して5階にある制御ルームを押さえるのが今回の任務や」

「...はい。」
どうもこの人たちは擬音も多い気がする。

「今回このエリアは敵の設置した電波妨害ユニットのせいで、電子機器全てが機能停止している。はっきりした敵の戦力もわからんまま、現場対応で切り抜けるしかない。で、丁字路を右に進むとマツヤ、左に進むとヨシノヤがあるんやけどな。正直どっちを進むか決めかねている、という訳や。」

「天候は小雨、夜中の行動で、しかも暗視スコープも使えん完全な目視や。念のため遮蔽物の多い右側、マツヤ側から侵入する」隊長はそう決断したらしい。

「敵味方識別用のサーモセンサーも使えんからな、原始的な方法やけど合言葉を決めとく。返事がないときは迷わず撃て。ええか、合言葉は【喜連瓜破】【放出】や、どうしたシブヤ、腹でも痛いか?」

「すみません隊長、もう一度お願いします...」
「お前ら【オオサカコテコテバロメーター】が低すぎるんとちゃうか。ええか【きれうりわり】【はなてん】と読むんや、難しかったら【富田林】【穴太】に変えてもええぞ。」
「キレウリワリハナテンキレウリワリハナテン...」ブツブツとヨヨギが復唱する。

「まぁ、そう緊張しなさんな、ほれ、アメちゃんあげるから...」復唱するヨヨギと俺にそう声をかけてくれたのは、センバ伍長だ。穏やかそうな見た目とは裏腹に爆発物のプロだ。ただしどんな爆薬もひとこと「プラッチック爆弾」ですましてしまうけれど。
「今日はおまけや、パインと桃とバナナのアメちゃんあげるで。全部いっぺんに口にいれたらミックスジュース味やでぇ」
「ありがとうございます。」そう言って俺とヨヨギはアメちゃんを左胸のポケットに無造作に入れた。

30分前

「右、クリア!」「左、クリア!」俺たちは一定間隔をあけて、根気よくひとつひとつ曲がり角を確認しながら目標の商工会議所のビルへ近づいていく。気になるのは一人もトウキョウの兵士を見ないことだ。もしかすると電子機器が使えないので、無用のリスクを避けて後方にでも撤退したのかもしれない。

15分前

商工会議所ビルに到着した。ここでも誰一人姿を見ない。喜ぶべき状況のはずなのに不安ばかりが増す。静かにビルに突入したレンジャー隊は不安を払拭するように、確実にひとつづつエリアをクリアしていく。「1階、オールクリア」「2階、クリア」。

5分前

5階制御ルームの前に到着した。伍長が「プラッチック爆弾」を取り出し、鍵のかかった制御ルームのドアに取り付ける。轟音とともに飛び散ったドアの開口部から、閃光グレネードを投げ入れた俺は、軍曹とともに部屋に突入する。

無数の端末の配置された部屋はやはり無人だった。「シブヤ、こっちや!」
軍曹が手招きして、制御ルームの中央に俺を呼んだ。黒い大きなユニット、このエリア一帯に電子障害を発生させている黒い塊だ。軍曹が、メモリースティックをユニットに挿入した。

「シブヤ、これを入力してくれ!ユニットにウイルスを仕込むコードや。これでこいつをオオサカコテコテ仕様に変えられるんやで。」キーボードを叩こうとして手渡された紙切れを開いた俺は、しばらく固まってしまった、なんだこれは?

【チャウチャウチャウ?チャウチャウチャウンチャウ?チャウチャウチャウチャウ】

「ええから、はよ入力しろ、ちなみに意味はな、【チャウチャウと違うの?チャウチャウと...】」気が散るので、聞かないようにして俺はキーボードを叩いた。これでウイルスを仕込めたはずだ...。

5秒、10秒...何も変わらない...。

様子を見に来た軍曹がしばらく画面を見て、そして溜息をつきながら言った。「ちゃうちゃう、シブヤ、チャウが一個多いわ...」

1分前

電子妨害ユニットのジャマーを排除した後、無線を繋ごうとしたその時、制御ルーム内の全てのディスプレイの電源がONになりひとつの映像を映し出した。かわいい魔女のコスチュームを着たCGの女の子が唐突にあらわれる。

「オオサカのみなさ~ん、そんなコワイ顔しちゃダメ~♪コワイ顔してる子はおしおきしちゃうぞ~♪」

そういうと彼女は両手の親指をたてて、人差し指をこちらに向けた。二丁拳銃のポーズをとると女の子は「バキュン♪バキュン♪」と言いながらピストルを撃つまねを始めた。俺とヨヨギの周りで異変が起こった。レンジャーの隊員達が「ぐわっ」と叫びながら倒れていく。

俺とヨヨギが目の前の大きなスクリーンに映る女の子を銃撃しようとしたとき、大きな爆発音とともにいきなり天井が崩れてロープが数本垂れ下がった。黒ずくめの戦闘服の、トウキョウの特殊部隊の隊員がするするっと降りてきて、正確に俺とヨヨギの左胸を銃撃した。

...時間後

ざわざわと落ち着かない音で目が覚めた。どうやらベッドに寝かされているようだ。となりにはヨヨギがいた。

「お、起きたか」「ヨヨギ、俺達」

左胸を撃たれたことを思い出して、自分の身体を確認した。痛みはあるけれど、傷は無い。そういえば左胸のポケットには確かアメちゃんが入っていたはず。まさか。

「いくらなんでもアメちゃんで弾は防げないよ」ヨヨギが俺の考えを見透かしたように笑いながら言った。そしてヨヨギはわかっている範囲のことを話してくれた。

「俺達がビルに突入した頃、オオサカとトウキョウは停戦したみたい。無線が途絶えていたから俺達には伝わらなかったけどね。停戦とは関係なく、トウキョウは実験したいことがあったらしい。俺達も知らなかった「バキュンとやられた時、オオサカ生まれの人倒れる説」を利用した実験だ。

オオサカ人のDNAに刷り込まれた習性を利用した、殺傷せずに無力化する実験らしい。そして実験は見事に成功した、というわけだ。レンジャーみたいにオオサカコテコテバロメーターが高い優秀な兵士ほど効きやすいみたいだよ。オオサカ生まれじゃない俺達には暴徒鎮圧用のゴム弾が使われた、ということらしい。停戦中の殺傷は厳禁だからね。運がよかったんだよ。でもこの先、「バキュン!」てやられただけで倒れるんじゃ、オオサカはかなり苦しくなるだろうな」

まったくだ、俺はヨヨギと同じことを考えてため息をついた。この先オオサカはどうなっていくんだろう。

(了)