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押韻論

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日本語の押韻の基礎的な考察や研究
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#詩

「日本語はラップに向いてない言語だ」という俗説

 こんばんは。Sagishiです。  今回は、「日本語はラップに向いてない言語だ」という『俗説』について書いていこうと思います。  「日本語はラップに向いてない」つまり「日本語はrhymeするのに適さない言語だ」という意味の主張ですね。これは本当によく主張される言説です。ネットでもフィジカルの本でも、よく見かけます。  それこそ『マチネ・ポエティク詩集』(1948年)が出版されて以来、実に80年近くもこの「同語反復」は続いているといえます。直近で読んだ本だと川原繁人『言

日本語の詩歌の脚韻はどのようなスタイルにすれば良いのか-翻訳を通して考える-

 こんばんは。Sagishiです。  今回は、詩の邦訳の脚韻について書いていきます。  日本の詩歌の翻訳をみると、なかなか原詩通りにrhymeをしているものが少ないです。しかし、その希少なrhymeを取り入れている翻訳も、どことなくぎこちなさがあるようなものも多いです。  日本の詩歌文学においては、まだrhymeというものが浸透しておらず、技術的にどのように扱えば良いのか、どのようなrhymeをすれば良くなるのか、自然になるのかが、あまり周知されていないと思います。

詩型論:日本語の押韻詩の詩型に関する考察

 こんばんは。Sagishiです。  いよいよ押韻詩の詩型に関する考察をしていきたいと思います。 1 詩行の音数 最初から残念なお知らせですが、現在のわたしは、現代日本語東京方言を使った詩歌で、詩の一行の音数を決めることは事実上不可能だと考えています。理由を以下に列挙します。 1-1 韻律単位の問題  現代日本語東京方言は、モーラリズムの言語ですが、話中では軽音節(1モーラ音節)と重音節(2モーラ音節)が任意のタイミングで出現します。  現代日本語東京方言の自然な日

押韻する現代詩を書くことは不可能ではない

 こんばんは。Sagishiです。

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