どんな自分になりたい?
おはようございます。
昨日書いた内容になります。
今日の朝活のテーマは、
「自由にどんなことを創造しますか?」
でした。
昨日、まとめられなかった、
「自分を信じるためにどんなことをしますか?」
というテーマと絡めた内容で考察したいと思います。
最近は、目まぐるしいぐらいに様々な出来事があります。
私は、怠慢という自分の心の汚れに対して、いよいよ本気で立ち向かっています。
その意味もあって、自分に休む時間を与えないような日々を送っています。
ここについては、なぜ怠慢になるの。という原因を掘り下げるということでは解決しづらく、ついてしまった習慣を変えるということが早いとわかってきました。そうすると、無理強いもしながら、強制的に変えていくことです。
ついてしまった習慣を変えるには、力づくでしないとならない場合もありますね。
そんな中、母の影響を受けて、長女も変わっていっている様子です。親子は連動しやすいです。
一昨日の夜、こんなやりとりがありました。
すっかり寝込んでしまって目が覚めると長女が横側に座っていて、夜の1時をまわっていたので驚いたのですが、話があったみたいです。
神妙な面持ちでした。
いくらかのやりとりをした後、このように言っていました。
「私は小さい頃はもっと純粋だったと思う。例えば、特別学級を行き来する子がいて。そもそも、私は障害がある子だとかとも何も思っていなくて。ただ、その子が自分の近くにいてできなくて困っていることがあると感じたら、何も考えずに手伝っていたなあって。まわりの子は誰も手を出さないんだけど、そういうことは気にもしてなくて、ただしていて。仲良くもなって楽しかったな。」
それがいつからかわからないけど、まずは、まわりの人がどうなのだろうとか、みんなはどうしているかを気にしている自分がいるんだよね。人と違うことをするのが嫌。浮くのが怖いという感じがあるんよ」
というような内容でした。
「たくさんの子どもたちや、大人だってそんなふうに、人と違うことをするのをおそれる症候群になってしまっている人は多いんじゃないかなと感じているんだけど。
まず、人と違うのが怖いって何で怖いと感じているのか?の問いを自分に向けてみる必要があると思うんだよね。何で?」
と聞くと、
「過去に、自分が人と違うということをしたことで、嫌な思いをしたことがある。
逆に私も、やたらと自分が目立つために行動をしているなと感じる人がいると、あの人何やってるんだろ?という気持ちになることもあるし」
そこの話になると、みんな似通った話を言われます。
「私は、世の中がどうであるか。とか、人がどうであるかなんて全く関係ない。が元々のべースやねんな。信用なんて全然してなかったから。なんて嘘くさくてどうしようもないんだって思っていたぐらいで。それはそれでまた違ったんだけどね。みんなと一緒にするか。みたいな反骨精神的なものがあったから。
何を大事にしたいか。だよね。浮かないようにする。を選択する人はそうするだろうし、そんなことではなく、もっと大事だと思うことがあれば、それを選ぶし、それしかできないし」
娘は、「自分の思う理想みたいなことのとおりに生きるってできたらよいとは思う。だけど、それって、本当にできるのかな。ハードルが高すぎる。と思ってしまう」
「やってみたらいいと思うんだよね。例えば、困っているなと思う人がいたら素直に助ける。それをしていないならそれをしたらいいだけだから。やってみたらいいと思うよ。
それで、自分がどう感じるのか。恐れていたものは本当はないかもしれない。
結局、人がどうこうではない。自分がどう思っているか。どう感じているかが全てなんよね」
という話をしていました。
娘は、それについては思うことが深くある様子で、さらに神妙な顔をしていました。
いくらか言葉を発して、整理整頓してからおやすみしていました。
「自分を信じるために何をしますか?」
「自由に何を創造しますか?」
大きなことではなく。
人から認められることでもなく。
まず、目の前にある小さく感じることが、実はとても大きなことなのではないかと。
しっかり覚悟を持って、突破していく。
違和感をそのままにしない。
想いに寄り添い一緒に考えていく。
私自身も追体験をしているように思います。
一緒に、心に浸透させる学びをしています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?