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オルタナティヴを模索し続けるということ

マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』をやっと読んだ。
2年前くらいにデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブークソどうでもいい仕事の理論』と共に話題になっていてノリで買ったまま放置していたのだ。それが今では二人とも亡くなってしまった。マーク・フィッシャーは自殺、デヴィッド・グレーバーの死因は公表されていない。

資本主義リアリズムとは一体何なのか。
自分なりに噛み砕くと「我々には新自由主義やグローバリズムをさらに加速させるしか道はなく、この枠組みの中で上手く生きるしかない」という非常に現実的な選択に"拘泥"し続ける社会を指しているのだと思う。マーク・フィッシャーは「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像する方がたやすい」という名言を残しているが、ポスト・フォーディズム以降の利己的な資本主義は人類の精神的苦痛を飛躍的に増やした。この指摘は『ブルシット・ジョブ〜』にも接続する。
多くの人間が心を病み、経済格差は広がり、コミュニティーは空洞化していく。それでもとにかく私たちは現状維持をするしかない。なぜなら「これしか道はない」から。歴史的に何度も繰り返されてきた政治家の常套句だ。彼は加速し続ける資本主義に代わるオルタナティヴ(別の方法)を探りながら、その途上で亡くなってしまった。

そして、この本にはもう一つ興味深いことがある。
表紙がRadioheadの6枚目のアルバム"Hail To The Thief"とよく似ていることだ。はじめは同じ絵かと思っていたが、帯をとって見てみると違った。どちらもスタンリー・ドンウッドというイギリス人画家の作品で、彼はRadioheadのほぼ全てのアルバムのアートワークを手がけている。

このアルバム題を和訳すると「泥棒万歳」となる。これは"Hail To The Chief(大統領万歳)"というアメリカの大統領就任式で流れる曲名をもじった皮肉で、大統領選でブッシュと票を争っていたアル・ゴアが「ブッシュが自分の票を盗んだ(不正操作した)」と発言し、それに対しアル・ゴア勢力がこの言葉を用いてブッシュを批難したことに起因している。同アルバムがリリースされたのは2003年。まさしく2001年に起きた同時多発テロへの報復としてアメリカがイラク戦争に突入していった年だ。とはいえものすごく政治色が強いアルバムかと言われるとそうでもなく、どちらかというと現代社会を静かに風刺し、警鐘を鳴らしているような曲が多い。また面白いことに、トム・ヨークはアルバムを制作する上で村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』や『アンダーグラウンド』からも一部影響を受けたと公言しており、その通り全体的にダークな世界観になっている。

私はこのアルバムに収録されている"There,There"という曲がとても好きだ。

"Just 'cause you feel it / Doesn't mean it's there(感じるからといって 本当にあるとは限らない)"という意味深なリフレインは、テロへの恐怖心からイラク戦争を正当化しようとする社会の集合的無意識に対して「そんなに怖がることはないんだ。まあ落ち着けよ」と語りかけているかのようであるし、"There,There(まぁまぁ…)"という言葉にもどこか気を立てている他者をなだめるようなニュアンスが感じ取れる。実際、戦争の最大の理由とされた大量破壊兵器はイラクに存在しなかった。私たちはメディアに踊らされ、不安を煽られ、人々は死に、結果的にアメリカ軍の「戦闘任務終了」というあやふやな形で戦争は終わった。

スタンリー・ドンウッドの絵を通してマーク・フィッシャーとトム・ヨークを繋げるのはいささか強引すぎるかもしれないが、二人とも共通しているのは常に社会のオルタナティヴを模索し、戦い続けていることではないだろうか。トム・ヨークは90年代から一貫してゴミ問題や気候変動、原発問題について声を上げ続けているアーティストであるし(当時イギリスのリサイクル制度が貧弱であることを批判してファンクラブ名を"WASTE(廃棄物)"としたほどだ)また、マーク・フィッシャーも人々が当然のものとして受け入れている資本主義という自然秩序にメスを入れ、実現不可能なことを可能にできないかと思考し続けた。

ちなみに検索して調べてみたら、マーク・フィッシャーがRadioheadについて言及している文章が見つかった。彼がポップカルチャーの批評家としても素晴らしい視点を持っていたことを物語っている。


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