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旧友がお寿司屋さんをしているというので行ってきた。

彼の名を仮にY君とする。
Y君と私は小学校、中学校同級生だった。
今は過疎化が進む小さな街。
当時はまだそれでもクラスも学年に複数あり
彼と私は何故か同じクラスになることも
多かった。
私も彼もなかなかのやんちゃで、2人揃って先生にとっちめられることもしばし。
まあ、当時は悪友といっても良かった。
ただ彼には独特の愛嬌があり
私の母にも道で会うとニコニコしながら
寄ってきて声をかけてくる。
それは彼が中学生になっても変わらなかったらしい。

彼の家は母子家庭だった。
お母さんは全盲で、
マッサージ店を経営していた。
彼の家にも何回か遊びに行ったことがある。
彼の家は線路脇にあり、汽車(電車も走ってなかった)が走る度にかなりの音がした。
彼のお母さんは、自身の障害や仕事の疲れも
あるのか遊びに来る我々を積極的に歓迎する
こともなかった。
いつも遊びに行く度におやつを出してくれる
M君の家と比べるまでもなく、彼の家の厳しい生活事情が子どもである私にも分かった。

Y君は中学生を卒業してすぐに就職した。
お寿司屋さんに修行に出るのだという。
当時としても高校への進学率は90%以上。
皆ほとんどが地元の公立高校に進学する。
その中で就職するY君。
彼の家の事情も分かっていたので私は何も
言えない。というか自分のことに精一杯だったというのが正直なところだ。

それから多くの水が橋の下を流れた。
私は高校から大学に進学し就職。
結婚して子どもが生まれて
その子どもも成人し就職した。
その間色々なことがあった。
本当に色々なことがあったが割愛する。
その中でY君のことはほとんど思い出すことはなかった。

そんな私がY君の近況を知ったのは
同じく故郷の旧友がFacebookに
彼のことを紹介していたのを見たからだ。
彼はとある地方都市の駅前でお寿司屋さんを
経営していた。写真を見るだけでお店が高級店であることが分かった。Googleや食べログの評価やコメントもとても良かった。
写真に映る彼の顔はマスクはしていたものの
目は愛嬌のある当時の彼のままだった。

彼に久しぶりに会ってみたいと思った。
格差社会、親ガチャ。
子どもが親の経済状況に左右され
その未来も規定されてしまうと言われて久しい。私自身そういう世の中に対する反発もある。そうでなく徒手空拳、自身の手で自身の進む道を切り開いてきた彼に会ってみたいと思った。

電話で席を予約した。電話に出た女性の
店員さんはテキパキとして手際が良かった。
お店の格はこういうところにも出るのだ。

ちょうど私達夫婦の結婚記念日とも重なり
一泊二日で出かけた。
奥さんには彼のことを話し理解し了解してもらった。彼女もお寿司は大好きなのだ。

途中観光地等にも立ち寄りながら
夕方にホテルに着きしばし休憩。
18時にお店に出かけた。

そのお店は駅近のビルの一階にあり
上品な雰囲気だ。

Y君がいた。
年齢の割には若く、しゃんとしている。
私には全く気付いていないようだ。
こういうことは最初から言ったほうがいいと
思うので、私の名前と出身地を言った。

彼はようやく思い出してくれた。
小さいころ私はよく太っていたので
その面影が無いと彼は言っていた。

特に感動的な再会と言うわけではない。
お互い笑いあっておしまい。
彼は仕事中だし、何が分かち合おうにも
離れていた年月が長すぎ。
ただ彼の目はあの頃と変わらない愛嬌があり
かつ、一つの仕事をやり抜いて成功した
自信が感じられた。

店内は白木を基調にシンプルな
そして上品なインテリアでまとめられている。
聞けばこのお店は自身が店主となって3店目。
以前は三階建のビル店舗で宴会場などもありかなり盛大にやっていたようだが、自身の年齢もありもっとゆっくりやりたいとこの店に移転したとのこと。

その間彼の手は澱みなく動き最初一品
お造りの盛り合わせ

私自身も釣りをしておりまた釣った魚を
自分で捌くことも多いので魚の味はわかるほうだ。トロ、真鯛、ノドグロ、帆立、鰆、紋甲烏賊、ウニ。鰆や紋甲烏賊など旬のものを取り入れてくれている。そして味は絶品だ。
続いて酒の肴

クジラベーコンとカニクリームコロッケ。
どちらもきちんと仕事をしていて
美味しい。ビールや日本酒がすすむ。

聞けば一緒に働いている女性は
彼の奥さんとのこと。
娘さんが4人、お孫さんも3人いるとのこと。

「母親と2人きりだったから、家族は多い方が良かった」

そうだろうね。頷く私。
この瞬間だけあの頃の情景が蘇ったようだった。

そして食事は続く。

お寿司は6貫盛りに。
こちらも旬のサヨリが美しい。
上品に脂がのりとても美味しい。
他のネタも絶品だ。
シャリの炊き具合も酢加減も好みに
合っている。

堪能した。

締めは大好きな鉄火巻きを
握ってもらう。

パリパリの香り高い海苔と
マグロの赤身の旨さがとてもいい。

お腹加減も酔い加減もちょうどいいところで
終了する。

Y君に挨拶をして店を出る。
彼は満面の笑顔と張りのあるいい声て
私達を送り出してくれた。

旧友は元気だった。
そして立派に仕事をやり抜いてきた。
その間のさまざまな労苦にやつれていない
強さを感じた。

当然ながら同い年の私。
まだまだ負けていられない。
暖かい力と闘志をもらった早春の夜だった。

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