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炭鉱をめぐる旅は続く

宮崎兄弟記念資料館を出て、また大牟田市へと向かう。
次の目的地は三池炭鉱の三池坑跡。今回の旅は炭鉱を
めぐる旅でもある。三池炭鉱は1888年に明治政府から
三井財閥に払い下げられた。その三井により、豊富な
資本力のもと、採炭設備の導入、宮原坑、万田坑の開削、
三池港の築港、石炭を運ぶ鉄道の建設が進められた。

三池坑に向かう途中にも世界文化遺産の看板が
かつて三池炭鉱専用鉄道は港と石炭抗口を結んでいた
鉄道敷跡の風景の先は三池港とつながっている
三池港に到着。三川坑もすぐ近くにある
三池港は、三池炭鉱の石炭積出港として1908年に開港
この建物は旧長崎税関三池税関支署として使われていた
大きな開口部により中は明るい空間に
洋風の意匠が施された内部は資料展示室となっている
窓桟の割付にもこだわりがある
三池港の大きな特徴の一つである水をせき止めるための閘門

それは干満差の大きい有明海で港の水位を保つ設備。

三池港のまわりには歴史の跡が残っている
港から眺める海の景色を後にして
近くに設けられた三池港展望所へ
ここは夕日のスポットとしても知られているという
團琢磨は三池炭鉱を発展させた人物
この写真は当時完成した閘門の姿

世界文化遺産の三池港のことがよくわかる動画もある

そして近くにある三川坑跡へ
三井石炭鉱業株式会社により発展した三池炭鉱の施設の数々
内部には石炭を運ぶ炭鉱電車の展示も
石炭で栄えた街を走りまわる姿を思い浮かべてみる

そんな炭鉱電車の歴史と風景がわかる動画。

三川坑の入口から内部へ
ここは斜めの坑口。古びたトロッコが残されている
この線路は坑内と空をつないでいる
古びた建物に黄色の花がひときわ鮮やかに映る
三川坑跡にあるレストエリア。その向こうには三井港倶楽部

三池炭鉱関連資産は抗口、鉄道、港湾といった一連の
炭鉱産業の施設群で構成されている。そしてそれらを
生み出して、発展させたのが團琢磨という人物である。

團琢磨は三池炭鉱社事務長に着任後、施設整備を行い
「築港をやれば、そこに産業を興すことができる。築港
をしておけば、いくらか百年の基礎になる」の言葉を
残した通り、今でも三池港は現役の産業港として稼働
している。その先見の明と行動が今につながっている。

街と共にあった三池炭鉱の様々な施設とその歴史に
ふれる旅。歴史を知ることで今の街の姿が見えてくる。

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