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メディアとデザイン─伝え方を発明する(2)「お天気パンが伝えるもの」


お天気パンが伝えるもの

デザインとテクノロジーは密接な関係を持っている。たとえば、インダストリアルデザインは「大量生産のための技術」を背景に生まれてきた。インダストリアル(工業)の範疇におさまりきれなくなってプロダクトデザインと名を変えても、基盤とするところは変わらない。もし、1点ものの価値を主張しはじめたら工芸との境が曖昧になるだろうし、生産あるいは製品という概念にも修正が必要となる。

グラフィックデザインは混沌とした“地”から整理された“図”を生成する仕事だが、出発は印刷技術にある。広くとらえれば「複製のための技術」に立脚しているといえる。ものごとを複製して配布するというコミュニケーションの方法をとっているからだ。ネガポジ法による写真術も同じ複製の技術である。

では、情報のデザインがよって立つ技術とはなにか。それは「遍在のための技術」だろう。
ここでいう“遍在”にはふたつの意味がある。ひとつは情報そのものがどこにあるのか特定しなくてもいい(特定できない)状態にあることであり、もうひとつはインタフェース(や、ハードウェア)が、あらゆる場所に存在していることである。

前者は、検索技術の発達で情報を収集整理する必要がなくなったことが大きい。後者はまさにユビキタス(遍在する)コンピューティングとよばれる考え方である。身の回りのあらゆるものに小さなコンピュータとセンサーを組み込み、それぞれがネットワークで繋がって協調動作することで、人の活動をサポートするというものだ。卑近な例では、食品のパックに取り付けられたICタグに産地や賞味期限などの情報が書き込まれており、それを冷蔵庫のセンサーが読み取って、ネットワークから適切なレシピを検索してくれるといったようなサービスが考えられる。ユビキタス社会は着々と進行している。

一方インターネットでは、個人の行動履歴を記録して、ユーザー各人にふさわしい(と判断された)環境を提供することが特別なことではなくなっている。ショップサイトではお勧めの商品が現れ、フリーメールサービスではやりとりの内容にあった広告が表示される。インターネットがブラウザの中だけでなく、携帯電話やユビキタスコンピューティングで日常空間に遍在するようになれば、現実(リアル社会)にもかかわってくるようになるだろう。

少しずついろいろなものをつくって必要としている人に確実に手渡す方法は、遍在の技術に不可欠な視点である。しかしそういった「私たちが“自分にあらかじめ与えられた世界”」に対し、言葉にできない違和感を感じ取っても不思議ではない。

美術大学で教えていると、世の中の風潮や動向が学生作品に現れていることに気づく。同じ課題を出して違う答えが返ってくるのは当然のことだが、年々で一定の傾向が見られるのもまた事実である。

写真のお天気マークが焼き込まれているパンは、現在進行中の卒業研究制作である。12月に一応の完成を見、来年3月には卒業制作展でみなさんにも見てもらえるようになる。簡単に作品の説明をすると、インターネット上から天気の情報を取得し、それをコンピュータで制御し、8×8ドットの電熱線を仕込んだトースターに送って、パンを焼くというものだ。パンの焼き目はご覧のようなお天気のマークとなって今日の天気を知らせてくれる。なんともバカバカしいアイデアだが、この作品にはユビキタスコンピューティングに対するシニカルな視線と痛烈な批評がある。

朝に必要な情報として、今日の天気を朝食の食卓に届けるのはどう考えてもトゥーマッチなお節介である(しかも、パンの焼き目として)。アイデアを思いついたときは、単なるジョークだったのだろう。その笑いの皮肉さには気づいていたのかも知れない。それは彼ら学生にとって、“笑うしかない”未来のユビキタス社会への不信感であるが、それを大まじめに生みだそうとしている現在の情報文化への批評になりうるという自覚はなかったはずだ。ジャストアイデアに内在するさまざまな思いに気づくには製作工程が不可欠である。つくることによってのみ発見することができるのだ。

サルバドール・ダリは、目に見えない自分の妄想を絵画にするのに、油彩画の古典技法を用いてリアルな表現を求めた。幻想だからこそリアリティが必要なのと同様、実際にパンが焼ける現実があってこそジョークは完結する。完結したジョークはその対象を射る力を持つ。そして力は感動を呼ぶ。
作者は、プログラミングから電子工作、そして電熱部分の作成まですべての工程をひとりで手掛けており、現在慣れない電気系統の作業と格闘中である。(2008年10月執筆)

追記:ここでユビキタスコンピューティングと言っているのは、現在のIoTのことだ。10年の月日はこんなに長い。ここで取り上げた「天気パン」は2009年のアルス・エレクトロニカの部門賞でセカンドプライズを受賞した。

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