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「自分で曲を作る(新曲を出す)」ということは特定の時代のブームだったんじゃないか

USでは音楽業界の売上で旧譜が新譜の倍(全体の3分の2)を占めている。

音楽史(人類史)を振り返ってみると、こうしてどんどん「新曲が出る時代」というのは一定のサイクルで起きていることが分かる。

たとえば西洋オーケストラ、中世以降の西洋伝統音楽(いわゆるクラシック)はバッハとかベートーベン、モーツァルトは新曲をどんどん出した。だけれどある時期から「過去曲」の演奏比率が増えていった。ある音楽シーン(ムーブメント)で「作曲家」がクローズアップされる時代は一定周期で起きるけれど、常にあるわけではない。

「クラシック」になると、過去曲の演奏比率が上がる。ロックやポップスというものがいつから生まれたかは諸説あるが、たとえばロックだとだいたい1950年代、エルヴィスプレスリーらを起点と考えてよいだろう。(現在で言うところの)ポップスにしても、最大限振り返ってもレコードの普及より前ではないとすれば19世紀後半(エディソンの発明は1877年)。まぁそれより前に家庭のピアノ用のシートミュージック(譜面)はあったけれど、「大衆音楽」が娯楽として人々の生活に広く楽しまれる、日常生活に入っていくようになったのは20世紀になってから、と考えてよいだろう。それより前はほとんどの大衆にとって音楽は「(何かの催しの一部として)外で聞くもの」か「自分で演奏するもの」であったのだ。

レコード以前、音楽は「譜面」で流通した(シートミュージック)

で、最初は作曲というのは専門家のものだった。ある程度のモチーフが合って即興で替え歌にするとか自分でフレーズを足す、みたいなことは古今東西を問わず行われていただろうが(日本でも座敷遊びとか)、それは「作曲」とは違う。一定のリズムやフレームが合ってその中で「音遊び」をする感覚だろう。基本的に「曲」として出版される、流通するのは専門の音楽教育を受けた一部の職業作曲家のものだった。で、職業作曲家の時代には「新曲」というのはそこまで重視されなかった。もちろん、新しい曲はどんどん出てきたけれど、演奏する側とすれば「その時歌いたい曲、ヒットしそうな曲」を選んで歌ったわけである。「自分のための書下ろし曲」があればそれは昔から豪華なことではあっただろうが、「人気のある昔からの曲」も同じく価値があるし、どんどん新譜が出ることもなかった。

その常識を(人々に分かる形で)一変させたのがビートルズだ。彼らによって「自作自演」の音楽、つまりシンガーソングライター(SSW)が生まれた。彼らが最初のSSWではないが、商業的に成功し人々の意識を変えたという点では最初のSSWだろう。別に歌わなくてもよいので、「自作自演の音楽家」とより幅広く言うべきか。1964年にデビューなので、その後50年ぐらいはいわゆるビートルズの提示した「自作自演で新曲を出す」ことが音楽業界の主流となった。

20世紀の歴史において大きな役割を「大衆音楽」は果たした。

振り返ってみると、20世紀は「大衆音楽の世紀」であったとも言える。さまざまな大衆文化が生まれたけれど、その中で「音楽」はかなり大きな力を持っていた。その最たるものはエルヴィス・プレスリーにはじまった「ロックンロール」、ひいては「ロック」ムーブメントだろう。それまで「子供」と「大人」しかなかった世代意識に「若者」を産んだ、とも言われている。もともと「若者」というのはマーケティングセグメントとして発生した。それまで「子供向け商品」「大人向け商品」しかなかった業界に、プレスリーのレコードがいわゆるティーネイジャーを中心に爆発的に売れたものだから「ここは新しいマーケットだ」となり「若者向け市場」が誕生した。若者向けの音楽、若者向けの服装、若者向けの映画、、、いわゆる「若者文化」の誕生である。文化というのは商品によって規定される一面がある。ある特定の文化にはそれに伴うアイテムがさまざまに発生し、それらはつまるところ商品だ。だから市場と業界が生まれる。そのような「若者市場」をプレスリーとビートルズが生み出した。

ちょうど1950年代は多くの地域で人口爆発が起きつつあった。

20世紀は人口爆発の世紀でもあった。いわば「若者」の世紀。そこで「若者文化」は巨大な力を持つ。若者文化の震源地であった「ロック」もその中で影響力を巨大化させていく。市場が巨大化していくと産業も巨大化し、多くのシステムが整備されていく。著作権法が整備され「作曲家」「演奏者」の権利が守られるようになり、「自作自演の新曲」を出すことが一つの成功のロールモデルとなって多くの若者がバンドを志す。家庭での再生環境は廉価化の一途をたどり、ついにはポータブルとなったウォークマンの普及によってより市場が巨大化していく(音楽市場を巨大化させるうえでSONYは非常に重要な役割を果たした)。演奏楽器の開発・進化も続き、新しい電気楽器がどんどん発明されて新しい音楽が生み出される。人々の意識が「音楽」に向き、その結果20世紀は音楽が多様かつ急速な発展を遂げた。

ただ、人類史を振り返ってみるとそもそも「音楽」がそこまでクローズアップされたことはほぼない。レコードに録音された「音楽」そのものが家庭の娯楽となるという時代はかなり特異な、20世紀に発生した文化である。もともと音楽というのは何かの一部であることがほとんどだった。劇の伴奏であったり、儀式の一部であったり、あるいは宴会芸の一つであったり。大衆に根付いた歌と言えば船乗りの歌や田植え唄、歌遊び等があるけれど、(地域にもよるが)今のように「音楽」は生活に入り込んでいなかった。特に、レコード・ラジオがない時代は「生演奏」しかなかったので、「音楽を聴く(だけ)」という体験はかなり限られた体験・娯楽であった。今でも「音楽を(積極的には)聴かない」という人は一定数いるが、もともとそれが世界中で大半だったのである。

1950年代のダンス。若者らしい躍動だがファッションは「若者特有」のものはまだない。

それが、1950年代に「若者(10代)」であった世代によって一変する。特に西洋(英語圏)においてロックンロールが爆発的に流行し、10代の意識を変化させる。それがビートルズ、ローリングストーンズといった第一次ブリティッシュインベンション、UKビートバンドへと続き、1960年代からは「自作自演のバンドによる音楽」に変化していく。単に音楽だけでなく、主義主張さえも音楽に求められていく。ボブ・ディランらのプロテストフォーク、日本だと自由民権活動の演説歌のような流れの一派もレコードを利用し、音楽は思想をお茶の間、いや、人の心に伝えるメディアとしても機能し始める。音楽は1対1で向かい合うメディアであり、TVが一人1台普及するよりラジオの普及、(廉価な)レコードプレイヤーの普及が早かった。もっというとEP盤(シングル)の再生機が最初に発売された廉価なレコードプレイヤーで、若者向けのEP、大人向けのLP(ロングプレイ=今でいうアルバム、初期はいわゆるクラシック曲が多かった)、と市場が分かれていく。初期のロックンロールやポップスがEP文化なのは、若者はEPしか買えなかったからだ。

そこから50年が経ち、今は(特に日本では)音楽業界が縮小していると言われている。世界的に見たら拡大しているようだが、冒頭のように新しい音源は売れなくなっている。これは20世紀の(ロックを筆頭とする)ポピュラー音楽も発生から50年以上経ち「クラシック」になりつつある、ということなのだろう。20世紀に生まれた若者文化が巨大産業となったために整備された「著作権法」によってまだ新録が進んでいるが、本来はおそらくもっとカバー曲が盛んになってしかるべきなのだと思う。すでにYouTubeなどでは「演奏してみた」「歌ってみた」で過去曲の演奏が主流となっている。これだけ音楽が制作されてきたのだから、過去の名曲を演奏すればいいのに新曲が出続けるのは「商業的に新曲を出した方が有利(な法環境)」だからだ。ただ、時間が経っていくにつれて著作権は切れていく。そうなると昔の曲が著作権フリーとなり過去曲の演奏がより増えていくだろう。

レコードを聴く若いころの私

ここで過去と違うのは20世紀は「録音技術」があったということだ。だから、ビートルズそのものの演奏を聴くことができる。バッハやショパン、モーツァルト本人の演奏や指揮は残されていないが、ビートルズやマイケルジャクソンの曲は本人の演奏がいわば「決定版」として残されている。だから、それらが原典としてずっと聞かれていくのだろう。新しいアーティストは自作の曲を作るより過去曲の演奏をすることが主になっていくかもしれない。中世からの西洋伝統音楽(クラシック)の世界が作曲者より演奏者の方が脚光を浴びるのと同じように。それは悪いことでもなんでもなく、単に「作曲者を優遇するか、演奏者を優遇するか」の社会的、あるいは法的な金銭的報酬の制度作りに過ぎない。そしてそれは市場が決める。今まで(少なくとも1990年代まで)は人々は「新しい音楽」に飢えてきた。どんどん新しい音楽ジャンルが生まれ、人々の耳を驚かせてきたからだ。50年代:ロックンロール、60年代:バンドサウンド(ビートバンド)、70年代:ディスコサウンド(テクノ)・サイケデリック・クラシックとの融合(プログレッシブロック)、80年代:エレクトリックサウンド(ニューウェーブ)、90年代:ディストーションサウンド(グランジオルタナ)、等、目新しい音像が次々と生み出され「こういう新しい音で作られた新しい曲をもっと聞きたい」という欲望、新曲への渇望があった。だからどんどん(そうした渇望を満たせる)作曲者の権利が上がっていった。そして、演奏者、作曲者として成功する者が増え、より多くの若者が音楽業界を志すようになる。そして業界は拡大し、より多くの新製品(音楽)が生み出される。そうしたサイクルが1960年ごろから約50年にわたり続いていた。

日本音楽を劇的に変化させた三線

目新しい音楽が生み出されたもう一つの大きな背景には楽器の進歩もある。50年代にロックンロールが発明(突然出てきたわけではなく、たどっていけばマンボブーム、ラテン音楽ブームの一派と言えるわけだが)された後、60年代からはいわゆる「バンドサウンド」が発達していく。アンプリファイアによって音量が増幅され、ギター、ボーカル、ベース、ドラムという「ロックバンドのフォーマット」が確立し、そのフォーマットで一気に新しい曲が生み出される。音楽ジャンルの成立には優れた才能(作曲・演奏者)も必要だけれど、より大きな影響を与えるのは楽器だろう。ふと視点を広げるために例を出すと、日本に三味線が伝来したことで一気にさまざまな音楽ジャンルが生まれた。裏を返すとかつては三味線、つまりギター的なものが存在しなかった時代は基本的に琴と笛であり、音楽のバリエーションも少なかったのである。こうした「数百年に1度」レベルの「新しい楽器の発明」が次々と起きたのが20世紀だ。人々が音楽を求めた結果、多くのリソースが音楽業界、ひいては楽器業界につぎ込まれ、どんどん開発が進んだと言える。アンプ、そしてシンセサイザー、そしてエフェクター、そしてDTM(デスクトップミュージック)、ここまで一気に進化し、ほとんどすべての音を2010年代には出せるようになった。もちろん今でも進化は続いているが、一聴して「今までに聴いたことがないような音」はほとんど出てこなくなっている。「音楽の進化」というのは(学究的な評価はさておき、1リスナーとして感じる「目新しさ」という意味では)20世紀に急激に変化し、そして21世紀になると停滞している。

かつてはありふれていたCDショップ

「歴史」と呼ばれるものは案外短い期間で生まれる。たとえば30年ほど前の小学校の社会の教科書を見てみると古代・中世の歴史が主だった。室町時代、鎌倉時代、戦国時代はしっかり描かれたが近代史が薄く、そのことで批判もあった記憶がある。ところが現在、近代史の比重が高まっている。時代で言えば「昭和時代」「平成時代」と呼ばれる箇所の記述が増えているのだ。確かに「昭和」というものはすでに歴史なのだし、「平成」すらも歴史として整理されつつある。1990年にはロックンロールは生まれて25年のムーブメントでまだまだ進化系だったけれど、2010年にもなれば他の様々な事象と同様に「歴史」となっているのだろう。だから「音楽体験」というのは凄く世代差が出る。10歳違うと全く感覚が違うのだろう。たとえば1970年代、1980年代、1990年代にそれぞれ10代であったなら「流行曲の差」はあれど「音楽が若者文化の中で重要な役割を果たしていた」ことに対する感覚の差はあまりないだろう。しかしそれが2000年代、2010年代、2020年代となってくると音楽は「何かの一部(映画であったりアニメであったり)」や、あるいは「歴史の一部」と感じる人も増えてくるのだろう。私たちが「当たり前だ」と思っていた風景は、実は歴史の中の一シーンで一時のムーブメントだったのかもしれない。

ロックミュージシャンは第一世代(ローリングストーンズやポールマッカートニー)がまだ現役で活躍している。しかしそれらが去った後、だんだんと「作曲者の時代」は終わっていくのかもしれない。もちろん、大衆文化は移ろいやすいから予測できないけれど、「音楽単体」が若者文化の主役級の扱いになることはしばらく(少なくとも日本では)起きない気がする。もっと他の、5感を用いたもの(VRコンテンツの一部として、など)に変化していくかもしれない。このまま人類社会が同じ方向に発展し続ければ、だが。

音楽が未来を連れてくる

プランテーションで働く黒人奴隷たちの(数少ない)娯楽として現在のUSの黒人音楽は生まれた。突き詰めると音楽の根本的な他の娯楽に対する特徴は「演奏(参加)できること」なんだろうな。声が出せれば歌えるし、手足が動けばリズムを刻める。イスラム教で定義されるいくつかの「快楽」があるのだけれど、音楽は「快楽」とされているから本能的なものなのだ。だから価値が損なわれたり音楽文化が失われることはもちろんないけれど、ここまで音楽単体が切り出されスポットライトを浴びた時代は20世紀後半の特有なムーブメントだったんだろう。今はピラミッドが作れない(そんな必要もない)という話があるが、技術や文化は世代が変われば失われるものがたくさんある。「私たちの世代」は思った以上に私たちだけのものなのだ。そんな視点で考えると、「ロック史」というものを文化史としてとらえることは妥当な姿勢なのかもしれないな。大衆音楽を歴史として総括すべき時期なのかもない。

それでは良いミュージックライフを。


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