嫌いな食べ物はなくさなければならない。 子供の頃から耳にタコができるほど言われてきた。 それはもちろんだが、大人になると勝手に食べられるようになる。 時間が解決することもあるのだ。 これは強く言いたい。 僕がそうだからだ。 というのも小学生の頃の僕は、一部の野菜を除いてほとんどの野菜が食べられなかった。 食感や味、嫌だった要素をあげたらキリがないけれど、給食の時間は憂鬱なことが多かった。なんなら教室の掲示板に貼られた献立を見た時点からだ。 しかし、そんな無理難題を至上
超人的な老人に出会ったことはあるだろうか。 僕はある。 小学四年生のときの担任の先生だ。 度の強い眼鏡をかけた、薄毛で恰幅のいい定年の近い妙齢の先生で、25mプールを息継ぎなしで泳ぐ化け物みたいな先生だ。 鈴木先生。 またの名をぷっぷ。 呼び名の3分の2に円がついてるのは ポケモンのピッピかポッポぐらいだろう。 この名前は僕が入学したときから上級生の人達が呼んでいた。 名前の由来はというと授業中にオナラを「ぷっぷ」っと2連続で発したことからとされている。小学生にとって
東京で一人暮らしを始めて5年が経った。 一人暮らし自体が初めてだった5年前に比べれば、一人暮らしで起こりうるものは大体経験してきた。 トイレの水漏れ、エアコンの交換、隣の部屋から聞こえるテレビの音、料金を払い忘れてガスを止められたこともある。 そんな一人暮らし歴も中堅に差し掛かろうかというときに、それは突然やってきた。 何の変哲もない木曜日の夕暮れ。 おもむろに家のインターホンが鳴る。 覗き穴の先には誰もいない。 恐る恐る扉を開く。 そこには20代半ばの青年が立ってい
サッポロポテトに頭が上がらない。 命の危機を救ってもらったからだ。 普通に考えれば、サッポロポテトと命の危機は対極にある。サッポロポテトは安心安全なところで心穏やかに口に入れるもの。こたつの中でぬくぬくと。家族の団欒や友達とのワイワイの中で。遠足のお供に。なんなら安心安全なところにいくとサッポロポテトが欲しくなる。そんなパブロフの犬のようなもの、それがサッポロポテトだ。 そんなサッポロポテトが僕の命の危機を救った出来事がある。 あれは小学校低学年。友達の裕也くんと近所
人生は理不尽の連続だ。 社会に出て上司から受ける仕打ちだったり、ふと入ったお店で自分だけおしぼりをもらえなかったり、人それぞれだろう。 僕は明確に理不尽というものを覚えた日がある。 あれは小学5年生の頃だ。 8月だったと思う。 地元の少年野球チームに所属していた僕はセンターでノックを受けていた。真夏のグラウンドでの暑さは拷問以外の何物でもない。膝に手をつき肩で息をしながら次の打球を待っていると陽炎の中でバットを振っているコーチの口元が動いている。僕に向かってコーチが何
ファミレスのドリンクバーの珈琲の豆が切れていた。 「補充してください」と言えばいいが、ファミレスではないけれど僕もバイトで珈琲の豆を入れる機会が度々あった。 面倒くさいのだ。 位置が高いのでわざわざ脚立を持ってきて、登って上から補充する。補充している間はマシンは使えない。同じ注ぎ口のカフェラテが飲めないと言う弊害をもたらすのだ。この申し訳なさがより作業を億劫にする。そういった十字架を僕は店員さんに課すことができるのか、いやそれはできない。どうしたものか。 しかし、こう
東京には久し振りに雪が降り、 街は雪化粧をしていつもと違う東京に感じました。 天気がもたらした非日常を享受しながら街を歩いていると前から老夫婦が歩いてきました。 おじいさんの方が凍った地面が危ないからとおばあさんの手を取り、おばあさんは大丈夫だからと嫌々ながらもしっかりとおじいさんの手を握り返しています。 なんとも微笑ましい光景がそこにはありました。 心がホクホクするのが分かります。 見知らぬ老夫婦、ありがとう。 僕がそう心の中で呟いたのも束の間、そのおじいさんは足を
2022年。1月11日。天赦日。よく分からない。一粒万倍日。もっとよく分からない。調べると何かを始めるのにいい日らしいということだけ分かった。 うーん、、何か始める、、なんだろう、、 始めても続けないとあんまり意味ないしなあとも思うし、、 前から自分のことを書くということをどこかでしたいなと思ってはいた。ブログだったりも書いていた時期もある。それでも込み入った話だったりはあんまり書いてこなかった。そこも含めて今一度文字に起こしてつらつらと書いていこうと思います。それこそ昔