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もしもあの時◯◯だったら


こんにちは、Qnoir青山でフリーランス美容師をしている小川泰明です。



私事ではありますが、最近6年ぶりにお引っ越しをしまして、と言っても徒歩5分くらいの超絶ご近所ではあるのですが。。

6年というとそれなりに長い月日が経っていたわけで、引っ越しの荷造りなんかをしてると懐かしいものがちらほら出てきて、思い出の棚卸もしたくなくても勝手にやらされてしまうんですよね笑

そんなわけで今回はこんなタイトルでお送りしていこうと思います。


言うなれば「たられば論」です。

過去に大きな後悔があるわけでもないし、現状に受け入れ難い不満があるわけでもありません。

それでもふと考えることがあります。


「あのとき自分が選ばなかった世界線には何が待っていたんだろう?」


きっと皆さんにも、一度はそんなことを思い浮かべる人生の岐路が必ずあるはずです。

誰しもの人生に決して許されることのない、「あの時こうだったら」「あの時こうしていれば」という2度とは選べない選択肢。

今回はそんな僕の人生の「たられば」に、少しだけお付き合い頂ければうれしく思います。


そしてあなたの人生の「たられば」にも、ほんの少し想いを馳せてみてはいかがでしょうか?



もしあの時バスケットボールを辞めていなかったら?

僕の人生において今でも大きな学びと財産になっているものが、小学校4年生から始めたバスケットボールです。

なんとなく体を動かしたくて始めたバスケットボール、結論から言うと高校2年生で途中退部をしてしまうんですが、およそ7年に渡って僕の人生の序盤戦を制圧していたものです。


バスケットボール時代のお話はまたいつか機会があればさせて頂こうと思いますが、僕という人間の根っこにあるものは間違いなくこのバスケットボールを通じて教えてもらったことが多くあります。


初めて「自分でやると言い始めた」ことが、バスケットボール。

初めて「ひとつのことを長く続けることができた」ことも、バスケットボール。

そして

生まれて初めて「やろうと決めたことを途中で辞めた」のも、バスケットボールなんです。


あのままバスケットボールを続けていたら?


20数年が経つ今でも、そんな想いに肩を叩かれることがあります。

大好きだったバスケットボールだったのに、それまでバスケットボールしかやってこなかったことが、そしてバスケットボールのことしか知らないことが、大きな負担になり始めてたんですね。

高校2年生の僕は、もっといろんな世界が見たくてバスケットボールとサヨナラをしたんです。


アルバイトを始め、勉強をしなくなり、ヤンチャな連中とつるむようになり、学校も昼から行くことが増え、と絵に描いたように僕の高校生活は堕落へとまっしぐらでした笑


それでもそんな時代が、僕を今の職業へ導いてくれたことを思うと、人生とは本当に分からないものです。


今も変わらずバスケットボールが大好きな僕は、Bリーグはもちろん、大学バスケの関東リーグや高校バスケの全国大会に至るまで、今なお体育館に足を運んで観戦させてもらってます。


あのままバスケットボールを続けていれば?


そんなことを思うにはちょっとおじさんになりすぎましたが、今もそんな想いにさせてくれるほど情熱を注げたものが僕の青春時代にはあったんだということをとても誇らしく思います。



もしあの時大学に進学していたら?

小学校の頃はほぼ毎年学級委員をしておりました。

中学校の頃はテストでは1桁の順位しかとったことがありません。

高校は県内でもそれなりの進学校に通っておりました。

一応優等生で通っていたような気がします。。

大学に行くことが当たり前の環境にいたし、きっと親もそれを望んでいたんだと思うし、自分もそんな進路を疑うこともありませんでした。


しかし前述のとおりではありますが、バスケットボールを辞めた僕はすべてにおいて自制のコントロールを失い、刹那的な毎日を過ごすようになり、大学進学に意義を見出せず、美容学校への進路変更を正当化していくようになるんですね。


あのとき大学に進学していれば?


今ではほとんどそんなことを考えることはなくなりましたが、美容師として毎日がうまくいってなかった頃はよくそんなことを考えたものです。

「今より楽な日々があったんじゃないか」とか、「もっと毎日が上手くいってたんじゃないか」とか、完全に逃げ腰の姿勢だった僕には、選ばなかった選択肢がそれはそれは青く見えてた時期がありました。


あのとき大学に進学していたら?


もうそんなことを考えなくてもいいくらいには頑張ってこれたんじゃないかな。



もしあの時会社に残り続ける決断をしていたら?

骨を埋める気で新卒で入社した会社。

新卒から7年間お世話になったとても素晴らしい会社でした。

もちろん社内にいるときはそんなことはなかなか実感することは難しかったですが、辞めてから時間が経てば経つほど「とてつもなく素敵な会社だった」と、そんな気持ちになります。


僕は昔から、自分のやりたいことが明確にあればあるほど他を拒絶してしまう傾向にあるという、致命的な欠陥を抱えた人間です。

まあその結果が今のこのフリーランスですから、自分のことがちょっとは見えるようになってきたのかなと。。笑

僕にとって会社に属することは、個人的な強い思いが成熟してくればくるほど周りに迷惑もかけるし、強いてはその組織の秩序を乱してしまう厄介者になってしまうんですね。

骨を埋める気で入社した会社を辞めることも、今思えば必然だったのかもしれませんね。


それでも思うわけです。


あのままあの会社に残っていたら?


先日ひとつ下の後輩が、美容業界における大きなヘアショーのステージに立っているのを拝見させてもらって、そんなことを感じた瞬間がありました。

美容師なら誰もが憧れるようなそのステージは、彼のたゆまぬ努力の結晶であることは間違いなく、長く会社にいれば誰でも立てるようなステージでは決してありません。
立ちたくても立てない、選ばれた人間だけがその場所に立つことを許される檜舞台です。


そして彼は、そのステージ上で観ているすべての人が釘付けになるような素晴らしいパフォーマンスを披露していたんです。

美容業界にはご存知のように華やかに見える側面が多くあります。

芸能人やタレントさんにフィーチャーされたり、数々の名の知れた有名美容師さんがインスタ上でキラキラしている、そんな世界が確かにあります。

今の僕はそういった華やかな世界から完全に切り取られた名もないひとりのフリーランスの美容師です。

そんな僕から見たステージで輝く後輩の姿はとても眩しくて、そして少しだけ羨ましさと悔しさにも似たような何とも言えない想いが込み上げてきたんですね。


あのまま会社に残っていれば?


いや


あのまま会社に残っていたとしても


途中で投げ出してしまうような自分に、これまで歯を食いしばって死ぬほど頑張ってきた彼のような素晴らしい舞台は絶対に掴めなかったということ。

それを実感しました。


それと同時に、今僕が歩んでいる「自分自身が選んだ今」がとても有り難く、誇らしく、そしてすごく愛しくて仕方がないという、今まで抱いたことのない感情も感じ取ることができました。



選んだ今と選ばなかった過去

バスケットボールを辞めずに続けていれば

勉強を続けて大学に進学していたら

会社を辞めずに今も続けていたら

僕の「たられば」はすべて「自分でやろうと決めたことを辞めた」ことたちです。

始めることを選んだのは自分、始めたのも自分、そしてそれを辞めるのを決めたのも全部自分なんですね。

自分で決めたことを辞めることは、その時の自分を裏切ることでもある反面、変わっていく自分を受け入れるという責任と勇気が必要なことでもあります。


僕はあの時選ばなかった過去を今まったく後悔していないし、すべてにおいて選んだ今をとても誇りに思っています。

むしろ今の自分や今の自分を取り巻く環境、今の自分と関わって下さっている方々に心から感謝する日々です。



あの時こうだったら、、


あの時こうしていれば、、


人生におけるそんな「たられば」

願わくばそれは後悔の念に苛まれる痛みではなく、優しく穏やかな思い出として振り返れる温かい過去の記憶になるよう、今を精一杯に生きていきたいものです。


長々とお付き合い頂きありがとうございます。

いつもこのnoteをご覧頂いている皆さまの毎日が幸せなものでありますように。



小川泰明

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