制約がイノベーションを生み出すというが限度もある

新しいことや大きなことを「やってみたい」という人は多くいるかもしれないが、結果を出すためのプロセスを走ることが可能な人は限られていると思われるし、その能力のある人が走りきるためには周辺からのサポートを含めたエンゲージメントを発揮し続けることは容易ではない。

ワークエンゲージメントの源泉は例えば以下のようなモデルがある。

https://www.recruit-ms.co.jp/research/journal/pdf/j202002/m57_all.pdf#page=11.00

まず、前提として裁量権が与えられるための土壌がなければならないし、具体的に何かを始めるために個別具体的なプロジェクトに対する支援が得られ、さらにそれを個人として失敗や成功、不安や興奮の紆余曲折を経て、希望を信じ続ける。長きにわたる取り組みになるため、心身面で常にプレッシャーにさらされるが一定自分をケアすることがエンゲージメントにつながるというわけである。

裁量や自由が与えられ、それに伴う責任を果たそうとすること自体がモチベーションやエンゲージメントになり、そこで結果を出していくというサイクルを回すことで、仕事と個人が一緒に成長していくというポジティブなサイクルのことを指すといってよいだろう。

個人がこのような状況に対していかにサステイナブルに走り続けられるかは極めて重要であるが、個人の努力だけで「希望」を持ち続けることは極めて難しいともいえるだろう。希望とは、か細い光かもしれないが、実現したい未来が実現できるだろうという可能性によって感じるものであるといえるのではないだろうか。そうした状況で、制約や課題への対応を次から次に求められ、ゴールからそれていくようなディレクションを受けることは、その希望や可能性がどんどん下がっていくようなものであり、支援されていないと感じられるといってもよいだろう。そうこうしているうちに、実は裁量や自由が与えられていたと感じていたのに、気づいたら自分だけがその未来を目指しているのではないかと感じてしまうと、ぽっきりと気持ちが折れてしまうというのは容易に想像が出来る。

実際にはこのような状況に陥る前に、「疑いが生じる」というフェーズがあるといえるだろう。目指しているゴールに対して、「あれ?」といえるような意思決定や状況づくりが求められる。そのような場面が続いていき、気が付けば自分がやりがいを感じていることがどんどんと小さくなっていることがそうであろう。

もちろん、現実的には結果を出すためには一定の期間が定められているべきであるし、いろいろな取り組みが並行しており、さらには外部環境は常に変化しているのであるから、自分が取り組んでいる取り組みも重要度や方向性が変わるということ自体は当然である。

では、自分はジョブ型(やそれに近い形)で雇用されており、そのジョブと自分の存在意義の一致性が高い場合にはどうだろうか。方向転換によって、個人の存在意義を再考させられざるを得ない。しかし、ジョブ型の人材にとっては企業に属しているというよりは、ジョブに紐づいているわけであるから、その人材は流動的に同様のジョブや役割が求められる場所へ移っていくというのは自然だと考えるべきだろう。

ダイバーシティ&インクルージョンという言葉はこのような場面においても使われるべきだと個人的には感じている。特にインクルーシブであるかどうかである。変革者や変わり者のリーダーは、どうしたって孤独になりがちである。適切なポジションや権限、待遇がなされていればそれに対して受け入れる心理が働くかもしれないが、もしそうでなかったら。そのような状況にある人は、どのような状況や周辺の人からの支援、仕事の中でのあり方によってそのことを続けたいと感じることが出来るのだろうか。

個人的な経験でいえば、「誰かのために」という気持ちだけが最後のよりどころだと思われる。しかし、これは結局のところ未来への希望と直結する。具体的には、その「誰か」に対して届けたい価値が届けられる可能性が残っているのか、それを自分がやらせてもらえるのか、実行に必要なための組織や周囲からのバックアップが得られるかなどが、未来への希望に直結する。これを個々人の様々な嗜好に対して、多様な形で提供できることが強いチームを作るために重要だろう。

さて、ここまであえて「支援」という言葉で濁してきたが、仮にそのようなメンバーがいる組織という状況を想定した場合には、おそらく基本的には「リソース」こそが最大の支援といって差し支えないだろう。特に、優秀な人材(社内外問わない)が重要だろう。マネージャーに求められる役割は、このような支援を、必要な人材に、必要な時にできるようになることであろう。そのためには、マネージャー個人レベルでも戦略的な人事や資源管理が出来ていることが欠かせないだろう。個人的には、人事異動主体で組織内の人材をローテーションしている日本企業のマネージャーにはこの観点が弱いのではないかと感じる。逆に言えば、グローバル市場でマネージャー以上のプレゼンスを発揮するためには、人材獲得・配置・育成(評価含む)をしっかりと行えることが極めて重要だと思う。

モチベーションやエンゲージメントの問題とは、人的資源管理に属する論点だと思われるが、それらをプロジェクトや業務遂行の問題と切り離して取り扱われる場面の多さに残念だと感じる。

ミドルマネージャーに多くのことが求められており、罰ゲームだといわれる時代になっている。私もその流れに同調しており、ミドルに多くの役割や責任、能力を求めている側であり、一方で求められている側でもあると思う。
しかし、結局のところ、それを運用可能な立場や状況にない場合、有効な手立てを実施することはできない。そして、無理難題を押し付けられているうちに自分のモチベーションやエンゲージしていた何かを失っていく。

しかし絶望もがっかりもする必要はない。こうしたモチベーション(気持ち)というのは波があるものであり、ライフサイクルの中で次のステージを迎えつつあることを示す証左かもしれないからだ。むしろ、個人の人生としてそのような広がりや挑戦の機会にあることを喜ぶことが重要だと思う。いま面白いことをやっていたとしても、意思決定の時には、何かを獲得するために何かを失うということもまた当たり前のことでしかない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?