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Think outside the box.〜エッセイスト・仁平綾さんの新刊「ニューヨーク 、雨でも傘をさすのは私の自由」を読んで。〜

きっと、この本を読んだ人はニューヨークのことを好きになる。
全く海外に興味もなく、僕のようにニューヨークに憧れを抱いていない人であっても、そういう人にこそ勧めてみたい。
または、実際にニューヨークを訪れたことがある人や、滞在していたけどそれからしばらく時間が経過しているような人にも、勧めたい。
きっと、街の匂いや出会った名も知らぬ人の顔なんかがありありと思い出されて、「その人が過ごしたその人だけのニューヨーク」に戻れるだろうと思う。

更には、今、何か有益なビジネス書や自己啓発本の類を探してアマゾンのレビューを漁っている、そんな人にも、勧めたい。
ニューヨークという街が引き寄せる多様なエネルギーの渦の中で仁平さんが過ごした数年間の中のいくつかの出来事には、その辺に転がっていて容易に手に入る「成功の秘訣」や「幸せになる極意」のようなものよりずっと、遥かに、自分の世界を広げてくれる種がつまっている。
読んだ人を箱の外に、連れ出してくれると思う。

セネガルの家庭料理を知れて、西洋文化への指摘と「与えることで幸せになれる」という教えを一つの実体験と共にさらっと置かれているエピソードを読めるだけでも、世界は広がる。

この本を買いに行った日、僕は友人と歩きながら、図らずともニューヨークの話をしていた。
その日の朝、僕と待ち合わせた時間よりも随分と早く到着したその友人は、とあるコーヒースタンドに立ち寄った。
カウンターでカフェラテをオーダーした際、外国人のスタッフに「ちょっとそれ、見せて」と声をかけられたそうだ。
そのスタッフが見せてと言ったのは、友人が右手首につけていたバングルだった。
「どこで買ったの?」
「アリゾナで買いました」
「やっぱり!」

インディアンの家系で育ったというそのスタッフは、友人のバングルを手に取って裏側の装飾にテンション上がってひとしきり盛り上がった後、帰り際に「気をつけてね!」と日本語で挨拶してくれたそうだ。

「そんな出来事はニューヨークでは日常茶飯事、全く見知らぬ人に、電車の中や道端で身につけているものなんかを褒められる」
日本ではそんなことしたら変な目で見られそうなのに、素敵ですね、見習いたいですねという話をしていたら、その話の兄弟のような話が、この本の中にあった!
素敵なのは、そんなニューヨーカーたちのコミュニケーションスタイルを、著者の仁平さんがまだおぼつかない英語で勇気を出して実践し、ニューヨーカーの一員になれたと実感されるエピソード。
地下鉄で目の前を通り過ぎた女性の着こなしを見て、どこで買ったのかどうしても聞きたくなり、小走りで追いかけていって「Excuse me…」と声をかける。

10年以上前、たった3ヶ月の滞在だったけれど、自分がニュージーランドにいた頃を思い出す。
中学や高校では英語は比較的できた方だったのに、現地で過ごすとネイティブの話すスピードに全くついていけず、こちらが話す英語は合ってるはずなのに何度発音しても聞き取ってもらえない。受付カウンターのスタッフは無慈悲。降りる場所がわからなくなって終点までバスに乗ってしまって知らん街にたどり着き途方に暮れる。
パーティーに呼ばれても全く輪に入れず同情して話しかけてくれる人がいたのに会話が続けられない。
かといって日本人達とばかり行動していても来た意味ないし、仲良くなれるのに敢えてなろうとせず、学校がない日は一人で街へ出たり、天気の悪い日は部屋の中でリーガ・エスパニョーラやミスタービーンを観て過ごす。
少なくとも最初の1ヶ月ぐらいはそんなことばかりで、ホームステイ先のシェパードだけが心許せる友達だった。
最終的には、日本人の友達も、そのほかの沢山の国の友達もできて、夢のような時間を過ごした大切な記憶としてニュージーランドの時間は時が止まったように僕の中に残っている。

僕は、著者の仁平さんのようにたった一人で勇気を出してネイティブのカルチャーに挑んでいくようなことはほとんどできなかったけれど、あの頃の自分の、日本にいる時には感じたことが無いようないろんな感情が思い出されて、「ニューヨークの一員になれた」と地下鉄の階段を駆け下りていく仁平さんの喜びが自分のことのように感じられて、胸が熱くなった。

単にその国の言語を覚えるだけなら日本でもできることだし、今は自宅にいながら、お金さえ支払えば立派にネイティブからレッスンを受けることができる。
でも、実際に異国の街に暮らすとなった時に、覚えた言語で「スタイルやカルチャーを実践する」というのは、言語の習得のその先にある、言語を超えたコミュニケーションの真の喜びに触れられる体験なんだと思う。
その国にはその国の風習や文化があるが、街の一員になれたと思えるようなそれが、「初対面の誰かに、”良い”と思ったことを伝える」ことであるニューヨークという街。
素敵だなと思う。
しかし、それを素敵だと思っている人はニューヨーカーの中にはほとんどおらず、もう当たり前になって日常に溶け込んでいるのかも知れない。
僕たちが日本独自の風習や文化を、いちいち評価することなく当たり前のものとして捉えているのと同じように。

僕はこの本を読んで、また更にニューヨークに行きたくなった。

カウンターカルチャーの交差点のような、世界中のクリエイティブなエネルギーが集まって爆発して、カルチャーがカルチャーを生む自由な街、ニューヨーク。
自分が好きなもの同士の点を線で結んで、気づいたら交差する場所がニューヨークだった。
それから憧れて、なぜその交差点はニューヨークなんだろうと、その理由を知りたくて、行きたくなった。
ニューヨークが僕の世界を広げてくれた。
箱の外に出よう。
Think outside the box.
会社のプロジェクトを立ち上げる際、どこからかこの言葉を見つけて、企画書のタイトルに自信満々で据えたけど、「社長が横文字苦手」という理由でスルーされて使われることなく、僕の秘蔵っ子として眠っていた「既成概念にとらわれるな」という意味のクリエイティビティ溢れるこの言葉は、仁平さんの本書の中で登場し、見事に息を吹き返した。

箱の外に出るんだ。

本書と一緒に購入した、刊行記念のポストカードにうつるフラットエンパイアビルの右側を眺めながら、はるか遠い街に想いを馳せる。

自由の本質が交差する街、ニューヨークでは、真のニューヨーカー達が変わりゆく世界の中心で今日も変わらず、初対面の誰かの着こなしを褒めていることだろう。


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