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「5.邂逅」

明らかに場違いな客だった。こんなことを言っては、”みずほ”の店主やおばちゃんに失礼だが、この店にはおおよそ似つかわしくない出で立ちをしている。

大きなつばが特徴的な黄色の帽子を目深に被り、サングラスをかけているため、顔はよく分からない。無地の深い緑のワンピースを着ていて、足元はサンダル。傍らには黒い大きなキャリーケースが、華奢な彼女を守るボディガードのように鎮座している。

珍しいな、こんな街に旅行かな?そんなことをふと思ったその時、おばちゃんの元気な声がこだまする。

「いらっしゃい!空いてる席に座ってね!」

おばちゃんは誰に対しても平等なのだ。腹を空かせ、ここにたどり着いた者には、等しくその優しさを享受する権利がある。例えその空間の中で異彩を放っていたとしても。

彼女は言われるがまま、キャリーケースをゴロゴロと引きずりながら、狭い店内を見渡した後、スッと僕の隣の席に座った。ちょうど、僕が一つ目の餃子を齧るのと同時に。

僕は餃子を咀嚼しながら、何でもないふりをしているが、心の中では激しく動揺していた。いや、水を飲もうとしてコップをつかみ損ねたので、動揺は隠せていないのかもしれない。

なぜ、ここに座ったのか。いや、別にいいんだけど。でも、普通これだけ席が空いていたら、真隣ではなくて、せめて一つ席を空けて座らないか?席を詰めたがる人なのか?空いているスペースが無性に気になってしまう、そういう類の人なのか?一度店内を見渡したよな?見渡したうえで、あえてのここを選んだのか?
自分の中の様々な声が頭の中で反響する。

そんな僕の動揺をよそに、彼女はメニュー表をまじまじと見つめている。彼女がふと顔を上げ、こちらをチラッと見やり、サングラス越しに目が合った。

「それ、餃子定食ですか?」

透き通るように凛とした綺麗な声が、空気を切り裂く。この空間にかつて響いたことのない音色なのではないかと思うくらい、声すらも場違いな印象を受ける。

「はい、餃子定食です。餃子ダブルですけどね。ご飯も大盛りです。旨いんですよ」

動揺しながらも、当たり障りなく答える。

「いいですね。ありがとうございます」

ニコッと会釈をされた。なんだ、普通にいい人じゃないか。僕はホッとして、また一つ餃子を頬張り、餃子定食の続きを楽しみだした。

「ご注文決まった?何にする?」

おばちゃんが熟練の技でタイミングよく彼女に聞く。

「餃子定食、餃子ダブルで。ご飯は大盛りでお願いします」

隣から聞こえる彼女のその声で、僕は餃子を吹き出しそうになった。

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