見出し画像

「7.旅路」

湯呑に入ったほうじ茶が目の前で湯気を立てている。ゆらゆらする湯気はまるで今の僕の心の状態をこの世界に映し出しているかのようだ。

ぼーっと湯気を見つめ、何も考えていない風を装ってはいるが、隣の彼女の一挙手一投足を全神経を集中させて逃すまいとしている自分に気付く。

なんでこんなに気になるのだろう。単純に、この彼女の人となりに興味を持ったのだろうか。

「旅行…ですか?」

ズズっとほうじ茶を飲みながら、伏し目がちに恐る恐る尋ねてみた。
これまでの人生、奥手で鳴らしてきた僕が、こうやって自分から初対面の異性に対し何か話しかけるなんて、珍しいこともあるもんだと、我ながら自分の言動に驚いていた。

しかし、尋ねてから、ふと立ち入ったことを聞いてしまったのではないかという不安に駆られた。初対面の人との会話は、色々とその人の踏んではいけないところを探りながら話さないといけないので、結構気を遣う。

「そうですね、旅行です。全国を旅していて、今日はこの辺りがなんとなく気になったので、駅を降りたところだったんです」

「へ~。でもこの辺り、別に特に観光名所と呼べるようなところはないですし、観光客にとっては面白みに欠けるかもしれません。まぁ、住む分にはとてもいいところなんですけどね」

「そうなんですね。私は観光というか、気の向くままにその地域の雰囲気とか日常風景を楽しむタイプなので、むしろ興味が湧きます。こうしてその地の人と交流できるのも楽しいです」

僕の心配をよそに、彼女はすらすらと自身の旅のことについて話をしてくれた。

北の方から電車を乗り継ぎ、たまにヒッチハイクをして旅をしており、本当に自分の気分次第で興味が湧いた地に降り立ち、その地を歩いて回る、そういうことをしているようだ。

行く先々でこうしてその地元の食堂に寄っては、そこの人達と仲良くなり、色々と教えてもらう。
基本的にはホテルやマンガ喫茶で何泊か宿泊して、地元の雰囲気を満喫するそうだが、中には仲良くなった人の家に厚意で泊めてもらうこともあるそうだ。

このご時世、そんなに人を信用していいのかとも思ったが、なんだか古き良き人との繋がりというものが感じ取れて、少し羨ましい自分もいた。
昔見た、何か被り物をした女性の芸人がサイコロで旅をする番組がふと頭をよぎる。

ただ、なぜ旅をしているのか、何を達成すれば旅を終えるのか、その辺りの根幹とも言える部分は話を聞く限り分からなかった。
薄暗い森の中を丁寧に道案内されているが、ちょうどその部分は深く黒いベールで包まれていて、木々に溶け込み全く見えないようにされている、そのように感じた。

そう感じながら、僕もまた、その部分は踏み込んではならないと直感的に思い、あえて足を踏み入れるようなことはしなかった。
初対面での掛け合いは、そういう駆け引きもまた面白い。

店の中が次第に喧騒に包まれる。正午を過ぎ、ちょうどランチタイムのゴングが鳴ったところだ。
おばちゃんもせわしなく店内を縦横無尽に動き回り、本領を発揮し始めた。

「混んできたし、そろそろ出ましょうか」

僕はそう言って、店の外へと彼女を促した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?