「8.ココロオドル」
「よかったら、どこかお勧めのところ教えてくれませんか?」
店の外で日の光に照らされた彼女を見ると、改めてこの街に住む者とは全く異なるオーラを放っているように感じた。
恐らく、これまで彼女が旅をした先々でも、この独特な感じに地元の人達が魅了され、あれやこれや親切にしてしまうのだろう。
それはまるで、漆黒の闇の中、昆虫たちがキラキラと輝くライトに吸い寄せられるかのように。僕もまた、そのライトに群がる羽虫の一匹なのだけれど。
「あの…?」
彼女の戸惑った声で、どこか遠くの方にいた僕の意識が現実の世界に引き戻された。
「ああ、すみません。お勧めの場所ですね。ん~、この辺りは特にこれといった所はないのですが、近くに大きな公園がありますよ。休日なんで、結構人もいて、この地域の雰囲気が感じ取れるかもしれません。よければご案内しましょうか?」
「え、いいんですか!ありがとうございます」
彼女の笑顔がはじける。そんな彼女につられて、僕まで笑顔になってしまう。
「そういえば、お名前お聞きしてませんでしたよね。私はサチと言います。」
「あ、僕はまもるです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
改めてこうして挨拶をすると、なんだか照れくさい。仕事以外で異性とこうして名乗り合って、よろしくなんて言うのはいつぶりだろう。久しぶりに訪れた機会に胸が高鳴る。
「じゃあ、行きましょうか」
僕らは公園へと向かった。
再び公園に戻ってきた。
つい先ほどまでここのベンチで大きなため息を何度もつき、まるで世紀末の世の中を嘆き悲しんでいるかのような僕だったのに、今の僕といったら、心が晴れやかで、なんなら少しスキップしているんじゃないかというくらい、軽快に歩いてご機嫌である。
人間、短時間でこうも変わるものかと自分の喜怒哀楽に少し笑ってしまった。
今は幸せそうなカップルや家族連れを見ても、なんとも思わない。あぁ楽しそうだなと客観的に見ることが出来る。
人は孤独を感じると、周りの人の幸せや楽しそうな姿を見ても、素直に良かったねとは思えず、一方で誰かが側に居てくれるだけで不思議と優しい気持ちになれる、そういう生き物なのかもしれない。
よほど話が合ったのか、場所を公園からスタバに変え、プッチンプリンはプッチンしてお皿に乗せて食べるか、それともカップのまま食べるか等、他愛もない話をしゃべり続けた。ふと時計の針を見ると、夕方の4時を指そうとしていた。
「え、もうこんな時間だ。時間は大丈夫ですか?」
本日2回目のキャラメルフラペチーノを吸い込みながら彼女に尋ねる。
「じゃあ、そろそろ私は今夜の宿を探そうと思います。しばらくはこの街にいて、のんびりしようかなと思います」
「あ、それじゃあ、よかったら連絡先教えてもらっていいですか?」
我ながらなんて積極的な発言なんだ。そんなことが言えるなんて思ってもみず、自分でも少し驚いた。
「あ、はい、いいですよ」
すんなりとLINEを交換することができた。LINE上で僕の友達の人数が20人から21人になった。
「また、会えますかね?」
「会えると思います。基本的にはこの辺りを毎日ブラブラしていますから。またよかったら、声かけてください。」
「はい、もちろん。今日は楽しかったです。話せて良かった」
「私も。こんなにくだらない話をして笑ったのは、久しぶりでした。また話しましょう」
スタバを出て、僕たちは手を振ってそれぞれの方向へ歩き出した。
振り返ると、キャリーケースを引きながら歩く小さな彼女の後姿と、夕日に照らされた大きな影が一歩ずつ向こう側へ進んでいるのが見えた。
「そういえば、あれだけ話したのに、彼女の素性はよく分からなかったなぁ」
またどこかで会った時に話せるだろうと思いながら、次の瞬間には、その日の晩御飯を何にしようか自分の胃袋と相談し始めていた。
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