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「10.○○ハウス」

「ところで、この街に来てもうそろそろ一週間ですよね。どうですか、この街の雰囲気は?」

「すごく落ち着きますね。色々なお店を覗いてみたんですが、皆さん良くしてくれて、温かい人が多い印象ですね。公園もあれから毎日行ってるんですが、平日は子連れのお母さんが多くて、見ててほのぼのしちゃいました。この街、好きですね」

「それは良かった」

僕はなんだか自分が褒められたような気がして、深い海の底に沈んでいた気持ちが急激に水面へと浮上するのを感じた。
やはり彼女は周りの人に対して、何かしら引き上げるというか、明るくさせるような力を持っているようだ。

「でも、そろそろまた次の旅へ出ようかなぁなんて思っています。まだ迷っているんですけどね」

ふと彼女は何か儚げな表情を一瞬見せた後、フッと笑った。それはまるで線香花火が最後の力を振り絞って、パチパチと夜の闇の中で輝く、その一歩手前で力をため、静かになる瞬間のようだった。

もう次の旅に出るだって?せっかくこうして仲良くなれたのに。前の彼女と別れて自暴自棄となっていた僕の心を孤独の深淵から救ってくれたこの人と、こうして何気ない会話をもっとしていたい。

そう強く僕は思った。そして、自分でも思いがけない言葉が口から飛び出した。

「一緒に住みませんか?」

「へ?」

そりゃそうだろう。そういうリアクションにしかならない。言った瞬間、なんてことを言ってしまったんだと激しく後悔した。彼女と関わっていると今までの僕じゃない僕が自分を操っているみたいで、とても気持ちが悪い。

しかし、一度口にした言葉は引っ込めることが出来ないし、ここまで来たらもう後戻りはできない。僕の純粋な思いを伝えるだけだ。一緒に住むというのは少々色々とすっ飛ばした気もするが。

「いや、あの、変な意味ではじゃなくて。えーっと、その、僕のうちでルームシェアしませんか、という意味です」

僕が住んでいるマンションは3LDKと広い。僕の父方の親戚が不動産業を営んでおり、僕の就職を機に、この街で一人暮らしを始めるにあたって、就職祝いも兼ねて特別価格で貸してくれた。

僕も今の会社に就職が決まった時点で、もうこの会社で一生働くことにしようと決めていた。転職とか色々と面倒くさいことに振り回されず、平穏な日々の暮らしを楽しみたいと思う人間なのだ。

一人暮らしなのだから、当然部屋は持て余しているし、一人で寂しいという気持ちが半分、もう半分は単純にルームシェアに強い憧れがあって、彼女に提案したのだった。某テレビ番組の影響かもしれない。まぁあれは男女何人かで住んでいた気もするけど。

「えーっと、ルームシェアですか…はい、まもるさんがよければ、お言葉に甘えさせていただきます。ホテル暮らしだと、お金も厳しいですし。たぶん、ルームシェアで住まわせてもらった方が、経済的には助かると思います。それにまもるさんは話していて、信用できる気がします。旅をしていると、そういう勘は養われるんですよね」

「よかった。僕は見た通りこんな感じの人間ですから、安心してください。自分で言うのもなんだけど。じゃあ、まずはうちを見てもらいますか」

ベンチから立ち上がり、僕は彼女を自分の家へと案内し始めた。

なんだか足はふわふわしていた。

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