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「3.傷口」

「少し早いけど、なんか食うか…」

キャラメルフラペチーノを飲んだばかりだというのに、もう胃が次のものを早く寄越せと催促してくる。
最近、お腹周りの余分なものがなかなか落ちにくくなっている。若いころは、いくら食べても太らないということが売りだったのに。今では食べたら食べた分だけ、自分の身体の血肉となっていくことが明らかに目に見えて面白い。いや、別に面白くはないか…

もう口酸っぱく言ってくれる人もいないし、自分で自分に厳しく接しないと、歯止めがきかなくなってしまう。
気を付けなければ…と思いながら、既に足は食欲に任せ、旨いモノがひしめき合う繁華街へ向かっており、頭では何を食うか考えを巡らせている。

この辺りを根城にして、もう10年近くが経とうとしている。うちのマンションから徒歩10分圏内に、先ほどの自然豊かな公園や、繁華街なんかがあって、住む分には全く困らないし、ちょっともうここから離れることは難しいなと感じている。

自炊は全くしないので、基本的にコンビニの弁当か、チェーン店、街の定食屋で毎日の食事は済ませている。自分の身体を作り上げているのは、この街の外食産業だといっても過言ではない。それでも働き始めてから、大きな病気一つしてこなかったのだから、外食産業の社長には感謝しなければならない。

「そういえば、うちに結構ご飯作りに来てくれてたな」

そんな僕の食生活を見かねて、よく彼女はご飯を作ってくれていた。彼女の手料理の中で一番好きだったのは餃子だ。あれやこれや他愛もない話をしながら、一緒に皮で包むのが楽しかったなぁ…焼き加減も絶妙で、毎日餃子でもいい、そう思えるくらい本格的なものだった。
そんな愛おしい時間も、もう戻ってはこない。改めていい子だったなと思い返し、また少し目の前が薄くにじみ始める。

いかん、いかん。ふとした拍子に、なんでも彼女と結びつけてしまうのは、心の傷がまだジュクジュクしているからだ。この傷にかさぶたが出来るまでの間、ひたすら耐えるしかない。きっと時間が解決してくれるはずだ。そう思わずにはやっていられなかった。

「餃子、食いたくなってきたな。…あそこにするか」

和食でも洋食でも中華でも、なんでもござれな、いつもお世話になっているお気に入りの定食屋にしよう。
傷を餃子の皮で包み込んで、パリパリに焼いて、食べてしまえればいいのに。そんなことをふと思った。

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