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「6.驚異」

まさかそんな言葉が出てくるなんて思わなくて、再び僕は動揺した。
こんな華奢な体の一体どこに大きめの餃子が10数個と山盛りご飯が入るというのか。付け合わせにザーサイと唐揚げ2個と卵スープもあるんだぞ。それはいくらなんでも無茶というものだ。
僕は思わず声をかけていた。

「余計なお世話かもしれませんが、ダブルでいくんですか?しかもご飯も大盛りで?結構多いですけど、大丈夫ですか?」

「ふふふ、私、こう見えて結構食べるんですよ?あなたのそれを見て、なんだかお腹が空いちゃって。それくらいならちゃんと完食できますから、大丈夫です」

本当に大丈夫なのか。本人がそういうなら大丈夫なのだろう。
巷で流行っている大食いの番組によく出ている、小柄で細いアイドルタレントのような、そういう人種なのか?
僕は目の前にいる彼女を、なにか得体のしれない新種の生き物でも見るような目で見ていた。

「まぁ、大丈夫なら、いいんですけど。失礼しました」

頭を下げて、また餃子と向かい合う。なかなか落ち着いて食べられない。
大盛りご飯が刻一刻と冷めていく。早く食べ終えて、出て行こう。
そう心に決めて、また黙々と食べ始めた。

「はい、お待ちどうさま!」

ドンっと彼女の目の前に餃子定食が置かれた。
もちろんご飯はそびえたっているし、餃子はダブルだ。
なんせ真隣にいるもんだから、否が応でも視界に入ってきてしまう。
視界の端で捉えた華奢な彼女と、そのインパクトある定食との対比が、どうも不釣り合いに感じてしまう。

「いただきます」

そう言って彼女が手を合わせた瞬間、一瞬時が止まったかのような静けさが店内に訪れた気がした。
行儀よく手を合わせる姿は、さしずめ京都の三十三間堂に安置される千手観音坐像といったところか。
それくらい、ごく自然に目の前の食物に感謝の念を抱き、今まさに生きるために食事を取らんとすることが、隣にいる僕に伝わってきた。

それからというもの、僕は餃子を食べながら、チラチラ彼女の食べる様子を見ていた。大きめの餃子をそれはもう勢いよく、しかし上品さを全く損なうことなく、一つずつ彼女の血肉にしていく。
富士山のごとくそびえ立っていた白米の山が、いつの間にか、大阪の天保山くらいの高さになっている

「ごちそうさまでした」

僕が食べ終えるのと、ほぼ同時に、彼女の声が隣から聞こえる。ちらりと横を見ると、綺麗に平らげられたお皿が窓から射す日光のせいか白く光っているように見えた。

さすが大丈夫と言っただけあって、米粒1つ残っていないし、とてつもなく早く食べ終えている。
僕と同じ量を、僕より後から注文して、ほぼ同時に食べ終わる。ちょっと驚異的だなこの人、と僕は畏怖の念を抱き始めていた。

「あったかいお茶、いる?」

またもやタイミングよくおばちゃんが声をかけてきた。

「はい」「うん」

僕らは同時に返事をした後、顔を見合わせた。

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