【総括】横山パルセイロの3年間(前編)

2018年12月8日、AC長野パルセイロは横山雄次氏のトップチーム監督就任を発表した。以降今年10月28日の退任までの3シーズンはチームとして浮き沈みの大きかった3年間であった。特にコロナ禍による異例のシーズンとなった2020年は過密日程を戦い抜き、J2昇格に最後の最後まで手を掛け続けた。そこでこの熱血指揮官とともに駆け抜けた3シーズンを振り返りたい。

2019年「生みの苦しみ」

J3降格初年度となったロアッソ熊本とのアウェイ開幕戦で幕を開けた2019シーズン。オフに獲得した若手選手4名をスタメンに起用する大胆な布陣を敷いてきた。今シーズン初勝利は開幕から1カ月が経過した第6節の讃岐戦まで待たなくてはいけなかった。2019年前期はスリーバックを基本に3-4-2-1や3-5-2といったフォーメーションを採用。しかしディフェンスが安定せず前期17節で挙げた勝利はわずか3つ。6月から7月にかけては8戦勝ち無し(3分5敗総失点12)とJ加盟以降初の最下位も経験。その後も昇格争いに絡むことなく試行錯誤を続けた末、スリーバックを諦めフォーバックを採用した10月27日の讃岐戦から8戦負けなし、特に11月10日の富山戦からシーズン最終戦のロアッソ熊本戦まで5連勝。11・12月度の明治安田生命J3リーグの月間優秀監督賞を横山監督が受賞するストロングフィニッシュを決めた。オフには美濃部監督・GM時代に獲得した選手たちを中心に19名の退団(引退・レンタルバック含む)が発表。日本が世界に誇る「黒子役」名手・明神、地域リーグ時代からパルセイロの象徴として戦ってきたエースストライカーの宇野沢、守備的ミッドフィールダーの新井がピッチに別れを告げた。最終戦セレモニーでは退団が発表されていたチームキャプテンの大島がサポーターへの挨拶で涙ながらに想いを吐露する場面もあった。

2020年「走って闘えるチームの確立」

横山雄次監督と同時期にクラブに加入した男がいる。選手ではない。東海林秀明強化部長その人だ。2008年から2015年まで長年にわたって甲府で強化部長を務めた後、故郷の関西に戻り2つのクラブで強化スタッフを務めた経験豊富なブレーンだ。そして2019年その手腕は徐々に発揮される。低迷するトップチームを横目に8月から大卒選手の加入内定リリースが相次ぎ、2019年末までに6名の大卒内定者と1名のユース昇格を発表。即戦力の補強も捗り、大量退団者を出しながらも年内にほぼ陣容が固まるという充実のオフとなった。2020年はご存知の通り新型コロナウイルスの猛威がスポーツ界のみに留まらず人々の暮らし、経済、そして文化をも変えるほどの影響を及ぼした。J3リーグの開幕も大幅に遅れ6月末が第1節となった。日程をすべて消化するためミッドウィークにも試合が開催されるなど選手への蓄積疲労が懸念されたが、2019年に引き続き若い選手主体で戦うパルセイロにはむしろ好都合だったかもしれない。昨年終盤の大型連勝でディフェンスに大きな自信を得たチームは、横山監督の秘蔵っ子である広瀬をはじめ大卒2年目の浦上や秋田から獲得した四中工出身の藤山、大卒ルーキーの吉田、坪川といった、ここ2年間で獲得したプレーヤーがセンターラインをしっかり形成。新エースには地元長野県上松町出身の三田が名乗りを挙げた。前線には他にもルーキーで高さのある吉田、さらに大宮からレンタル移籍の佐相、昨季最終戦の対戦相手である熊本から佐野といったタイプの違うスキルとフィジカルの高い選手が揃い、いずれも得点を重ねた。名将クロップ率いるリヴァプールと同じ4-1-2-3の布陣を採用し、藤山の優れたボール奪取から高い位置でボールを掌握し波状攻撃を仕掛けゴールを陥れる戦術で勝ち点を重ねていった。連勝こそ13節まで無かったが、14節の熊本戦を皮切りに5連勝を記録。9月は6試合5勝1分の無敗となり横山監督は2度目となる明治安田生命J3リーグの月間優秀監督賞を受賞する。この間、相模原から上米良柊人を獲得する以外は目立った途中加入は無し。10月以降は戦術への対策が進んだ結果か、しっかり引いてくるチームが増え、11月にかけて連勝がなく勝ち点の伸びに陰りが出てきた。さらに11月10日には右サイドバックの川田が移籍元の大宮に復帰。育成型期限付移籍の規定によるものとはいえ、外部からの補強ができないウインドー外の時期に右サイドバックの層が薄くなってしまった。
そして2度目の連敗で迎えたホーム今治戦、昇格戦線への生き残りをかけたこの戦いを東のゴールでしぶとく制するとそこから勢いに乗り9月以来の3連勝を記録。その3戦目のガンバ大阪U-23戦で、ここまで右サイドバックのレギュラーとして攻撃の一翼を担っていた吉村とアンカーの絶対的レギュラー坪川が負傷交代してしまう。昇格に向けてホームでの2試合どちらかを勝てれば昇格が叶った状況下だったが、結果的に薄くなったポジションのレギュラー格の選手に故障が発生したことが重荷になり1分1敗。最終節で相模原にJ2昇格をさらわれる悲劇を生むことになった。

後編へ続く

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