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八百屋お七について

本郷とゆかりのあるお話を調べよう!ということで「八百屋お七」について調べ始めたのがはじまりでした。
さて、そもそも八百屋お七というのは…と、簡単に纏めようとしたら、もう大変です。

「結局どんな話だっけ?」とか「あれ?そういう話だったっけ?」となるのは当然の話。史実として確実なのは『駒込のお七という女が火付けして火あぶりになった』という記録だけで、あとは様々な江戸時代の記録や小説に残されているのですが、どれもこれも微妙に違う。

アンケートをとってみたところ、

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約70%近くが「お七の付け火が大火事になった」と回答でした。「やっぱり」という感じでした。私もそうだったので。

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大火事になったイメージがあるのは、『若い娘が付け火した』という事実から、のちのち脚色され人々の間に広がった講談やお芝居、浮世絵が原因だと思いますが、個人的には、江戸の大半を焼き尽くしたと言われる明暦の大火が“振り袖火事“と呼ばれる所以となった物語にもあるのでは、と思っています。これも本郷にある本妙寺が火元とされていて、八百屋お七と同じように「若い娘」「恋」「寺」というキーワードが出てきます。内容を見ると、非常に『八百屋お七』と混合しやすい要素がたくさん。
消防防災博物館さんにあらすじが掲載されています。
https://www.bousaihaku.com/fireillustration/3821/
※今は、本妙寺火元説も、振袖の供養が原因という説も、否定されています。

「事実はこうだ」と言いたいのではなく、こうしてひとつの話が、様々な要素が加わって、今の時代に伝わっているというのが、非常に面白いなあと思うのです。

調べても調べても時間が足りません。
『八百屋お七』おそるべし。

ちなみに、この話を調べ始めたら、郷土史を調べている方に「鳳明館のある場所に、お七を捕らえた中山勘解由の組屋敷があった」と教えていただきビックリ。台町別館のあたりだと思います。

下記はイベントの際に纏めたものです。見づらいですが、もしご興味ありましたら。

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