22/09/02 【感想】HELLO WORLD (小説版)

野崎まどの小説『HELLO WORLD』を読みました。同名のアニメ映画の原作という位置づけで出版されたものです。

小説を読んだ後に映画版のHPも見てみたんですが…ちょっと直実(主人公)の目に光がありすぎじゃないか?
もうちょっと死んだ目をした奴をイメージしていたんですが…。

「お前は記録世界の住人だ」本好きで内気な男子高校生、直実は、現れた「未来の自分」ナオミから衝撃の事実を知らされる。世界の記録に刻まれていたのは未来の恋人・瑠璃の存在と、彼女が事故死する運命だった。悲劇の記録を書き換えるため、協力する二人。しかし、未来を変える代償は小さくなかった。世界が転回する衝撃。初めての感動があなたを襲う。新時代の到来を告げる青春恋愛SF小説。

というあらすじからも分かる通り、「主人公(というか冒頭からの視点人物)の堅書直実はコンピュータによって再現された世界の住人である」という情報が序盤で明かされるというのが面白いところ。

それが明かされても直実にとっては自分の生まれ育って生きている世界そのものであり、何らその価値を失わない…世界が作り物であることがその世界の価値を否定しない、というのがとてもモダンなデザインだと感じました。
代替現実がどんどん当たり前になっていく社会にあって、現代的な価値観だと思います。

前の作品『know』のときも思いましたが、野崎まどはこういうSF作品中の価値観をちゃんと"現代の価値観"およびそのトレンドの延長線として明示的に設定するのがうまい。

また「仮想現実の世界に干渉する能力」であるところの神の手グッドデザインを直実が行使するときの一人称視点の思考なんかは小説という媒体だから書けるような感じで、元は映画の脚本ありきの小説だということを忘れて「これ映像化どうだろう、小説媒体向きじゃないか?」なんて思ってしまうほど。そういう意味で、ちゃんと小説媒体として完成された作品だったと思います。
でも映画版は映画版で、神の手によるダイナミックな物の創造がハガレンのアニメ版の戦闘シーンみたいで盛り上がるんだろうな。

「外の世界」であるところの「未来の自分」から筋書きをもらって自分と周囲を変えていく中盤までの展開は今風の表現でいうとチート能力みたいなもので、イケイケな面白さがあります。そしてそこからの逸脱も全く不快感を抱かせるものでないあたりコントロールがお上手。

終盤の怒涛のドンデン返しの連続はさすがの盛り上がりだったのですが、これは映画版の方がより面白かったかもな。
それでもこれだけ入り組んでしまったものをドンデンドンデンしながらちゃんときれいに全部着地させたのはお見事でした。良いエンタメだったな~。

本筋とは関係ないんですが、このセリフがよかったです。

「SFって、新しい世界を見せてくれるんです。それは、すごく素敵で、遠い世界で。けど、でも、それは夢物語じゃないんです。SFのFはフィクションですけど、Sのサイエンスが、現実と繋がってる」

野崎まど『HELLO WORLD』集英社文庫

余談。
ヒロインの一行瑠璃、そして主人公⇔ヒロインを結ぶ直線の脇にいる華やかな美少女の勘解由小路三鈴、という造形や配置が野崎まどのデビュー作『[映]アムリタ』における最原最早/画素はこびに似ていて、同作が好きな自分としては結構嬉しかったんですが、改めてそう考えてみるとナオミと定本もだいぶ重なるな…。HELLO WORLD、実はかなり『[映]アムリタ』かもしれない。