22/10/09 【感想】写真な建築

いい本でした。
増田彰久『写真な建築』を読んでの感想です。

まず「建築の写真」じゃなくて『写真な建築』というタイトルの不思議な言葉の使い方が気になるのですが、冒頭の章でまず一旦の解釈が得られます。

(前略)写真家の側から見ると「フォトジェニックな」というか、「写真な建築」がぼくの撮っている西洋館には多いような気がする。これは、写真に撮りたくなるような魅力ある本物の建築ということである。

増田彰久『写真な建築』白揚社、強調部は原文では傍点付き

本書は建築写真家である筆者が撮ってきた西洋の様式で建てられた建築・西洋館の成り立ちと魅力、それを撮影するに至る筆者のエピソードを巧みにリンクさせながら語ります。そしてこれらの要素が集成する場として実際に写真が掲載されているのが実に説得力のあるところで、単なるフォトエッセイにとどまらない満足感があります。

まず建築写真というものの成り立ちが書かれるんですが、これが早速興味深い。

昭和8年にできた御茶ノ水駅の駅舎、これは当時の新進建築家の手による見事なモダニズム建築だったそうですが、これを清冽に捉えた美しい建築写真が撮られています(筆者でなく当時の写真家によるものです)。実際にその写真が本書中に載ってるんですが、キリッとしていて本当にハンサムです。
「この写真から、日本の近代建築写真はスタートした」と言われている写真なのですが、この写真を撮影したときのエピソードというのが面白いんです。

撮影時、建物の背景である空の部分に雲のある写真と雲のない写真の二種類を撮ったそうなんですね。
そして、このどちらを使うかでちょっとした論争が起きた。空は真っ青で白い建物がくっきり写るのが純粋なカタチとして面白いという意見。もっと現実味があって空間性があったほうがいい、雲があってもいいんじゃないかという意見。純粋造形論と建築は人間が使うものだから人間味があったほうがいいという意見で議論が続いたのだそうです。背景の雲の有無によって感情移入を促すか、それとも感情を排除して造形のみを切り取るかが変わってきて、表現として大きな分岐になる。
建築写真の奥深さを伺えるエピソードだと思いました。実際どちらが採用されたのかはぜひ本書を見ていただきたいところ。

本書の中で最も印象的だったのがこの部分。

建築のほとんどは人間のために作られている。人間が住んだり、利用したりする場所であるから、建築を撮った写真はそこに人間が存在することで生まれる空気をとらえていなければならない。これは、自分の表現意欲や技術を極力抑えて、建物の目的や機能、建物自体の特徴を大切にするということである。

増田彰久『写真な建築』白揚社

建築は人間が住んだり利用したりする場所だから写真はその空気をとらえなければいけない、というのはある種の精神論としてウンウンという感じなんですが、その具体的な方法として「建物の目的や機能、建物自体の特徴を大切にする」ことが示されるのが良い。この一文で一気に自分の中で建築写真というジャンルの骨格というか、在り方のようなものが腹落ちした感じがしました。
そしてこのように自分の中で急所が見つかると、一気に建築写真を見るのが面白くなってくるんですね。

そしていよいよ筆者の撮影した写真と文章のパートに入っていきます。
今はもうない建築もあり、行ったことのある建築の新しい見方ありでどれも面白かったのですが、中でもベトナムのハノイのところは面白かったですねえ。フランス植民地時代に向こうの様式が取り入れられるも、フランスと同じ建物をベトナムに建てる暑い。そこでベトナムの文化風土を取り入れた建築様式になっていったと解説されるのですが、すると今までテレビなどで見たことのあるベトナムの建物の意味みたいなものが立ち上がってきて、とても興味深いのです。

この本を読んでいて、そういえば地元の隣町にあった少し大きな図書館もこんな建築をしていたなあとか色々な建築を思い出しては再解釈することができました。今までやこれからを少し豊かにしてくれる、素敵な読書ができました。