22/01/22 千反田えるはポーラ・パリスなのではないか

米澤穂信先生、直木賞受賞おめでとうございます。
「シャルロットだけはぼくのもの」は好きな短編ミステリを指折り20本挙げろと言われたら必ず入れます(カイリキー基準のカウント)。いや普通に人間基準の10本でも入れそう。"あの指摘"の瞬間のヒヤッッ…てする感じが最高なんですよね「シャルロット」。
長編だと『愚者のエンドロール』は傑作だと思います。
逆にいうと古典部と小市民のシリーズ以外は読めてないので読まなきゃですね…。『満願』は2回も借りたのに2回とも巡り合わせが悪くて読めなかったのよね。

米澤先生はどこかで古典部の各メンバーについて奉太郎がホームズ、里志がワトソン、摩耶花がレストレード警部、えるが依頼者のポジションだと語っていましたが、そんな単純な位置関係では語り尽くせないことは言うまでもないでしょう。第1作『氷菓』でも部分的に導入されていた推理合戦の要素が第2作『愚者のエンドロール』では他に例を見ない非常に意欲的な形で昇華されています。これが非常にミステリファンとしての僕の性癖に刺さる形でとても好いたらしい。

さて、先ほどの古典部メンバーの立ち位置の話に戻るのですが、個人的に千反田えるはポーラ・パリスなのではないかと思っています。
この下は古典部シリーズとエラリー・クイーンの長編『ハートの4』のネタバレを含むのでご注意ください。


〜ここからネタバレ〜


短編「遠回りする雛」は奉太郎とえるによる推理合戦の要素を持っています。終盤、2人ともが「犯人」についてそれぞれ心当たりを持っていることがわかると、えるがこう提案するのです。

「ではどうでしょう。何かに書いて、いっせいに見せ合うというのは」

米澤穂信『遠まわりする雛』角川文庫

紙がなかったのでサインペンで手のひらに「犯人」を書いて見せあったところ、2人は同じ人を指していたのでした。
状況や証言の手がかりからロジックによって真相に辿り着いた探偵奉太郎に対して、えるの推理はいわゆる「人読み」。「この事件をやりそうなのはあの人しかいないから」という推理だったのです。

この「遠回りする雛」、個人的にエラリー・クイーンの長編『ハートの4』のオマージュなのではないかと思っています。

『ハートの4』ではハリウッドで成り行きから事件捜査を行うことになったニューヨークの名探偵エラリー・クイーンが、ハリウッド中の事情を握る情報通ポーラ・パリスと出会います。このポーラ・パリス、絶世の美女でありながら群衆恐怖症を患っており、自室から一歩も外に出ないという人物です。

ポーラは長編としてはこの巻にしか出てこないゲストヒロインなのですが、その後いくつかの短編でエラリーと親公認でデートしています(短編集『エラリー・クイーンの新冒険』に収録)。作者としても正ヒロインに据えようとしていたのではないかと思われる節があるのですが、賢すぎたせいかその後レギュラーヒロインは後に登場した秘書ニッキィ・ポーターへとシフトしていきます。(ニッキィも初登場のときは結構賢かったんだけどな…あと『犯罪カレンダー』でも結構頭の冴えを見せてますよね)

閑話休題、この『ハートの4』は他のクイーンの長編に類を見ない特殊な構造を持っています。この作品においてシリーズ探偵エラリーは、ポーラに推理合戦を持ちかけられるのです。

「あなたはその名前をお書きなさいよ――あなたが推量なさったその名前を――そしてあたくしも同じようにやりましょう。そのうえでその書いた紙をお互いに交換しましょうよ」

エラリー・クイーン(青田勝訳)『ハートの4』創元推理文庫

そして2人は犯人だと目する人物を便箋に書いて封筒にしまい、交換します。そして最終盤、封筒を開けるとエラリーと同様にポーラも犯人を指摘していたのです!
そしてポーラの行っていた推理もまさに「人読み」。こんな事件、こんな演出をするのはあの人しかいないという推理をしていたのでした。

『ハートの4』と「遠まわりする雛」、あまりにもよく似ていると思いませんか?
僕は「遠まわりする雛」はこの偉大な先達への米澤穂信なりの洒落たオマージュなのではないかと思っています。

短編「遠まわりする雛」の最後、えるは自らの生まれ育った村について、この狭い世界こそ自分の場所で、必ずここへ帰ってくると告げます。奉太郎は自分も一緒に帰ってこようと言おうとしたのですが、結局口にはできませんでした。

一方『ハートの4』は、エラリーが自室にずっと閉じこもっていたポーラの手を取り外へと連れ出すところで終わります。
重ね合わせて考えてみると、なかなかに意味深なラストだと思います。