20/12/29 【感想】カリブ諸島の手がかり

T. S. ストリブリングによる伝説的な短編集『カリブ諸島の手がかり』を読みました。

本書を読んだのは、名作と名高い短編「ベナレスへの道」を読みたいと思ったからです。
これを楽しむには短編集を通読して辿り着くべしと言われているのに従って本書を読んだのですが、いやあ、思わぬ収穫がありました。個人的に本書で一番気に入ったのは第2篇「カパイシアンの長官」でした。

名作と名高い短編を収録した短編集では結構こういうことがあります。『空飛ぶ馬』では「織部の霊」が好きだし『戻り川心中』では「白蓮の寺」が好きだし『ブラウン神父の童心』では「青い十字架」が好きだし『クライム・マシン』では「日当22セント」が好き。「殺人哲学者」も好き。

1話目の「亡命者たち」は「西インド諸島を舞台にミステリをやってみました!」という気合が先走ってミステリという枠組みに振り回されているところがあるのですが、2話目では逆にミステリの枠組みを逆用して、読者がミステリだと思って物語の全体像をイメージしてるところをより巨大なもので呑み込んできます。チョウチンアンコウに喰われたような気分。

登場人物も1話ではみんなミステリとしての役割上必要な要素しか与えられていないのですが、2話目では登場人物それぞれが信条から書き込まれ、文字通りミステリの枠組みを超えて躍動しています。

あらすじより下はネタバレ感想です。

南米の元独裁者をめぐる毒殺事件「亡命者」から、ミステリ史上類を見ない異常な傑作「ベナレスへの道」まで、心理学者ポジオリ教授がカリブ海で遭遇する怪事件の数々。〈クイーンの定員〉に選ばれた名短篇集。
(国書刊行会HP内作品ページより)

ポジオリは一応探偵役ですが頻繁に逃げようとするし敗北するし解決してないときがあるし最後にはアレだし、バークリー作品のような散々ぶりです。とても先進的な作品ですね。

クイーンがこの作者を推すのなんかめっちゃ分かりますね!『シャム双子の謎』とか後期クイーンの諸々とか書いた人がこれ嫌いなわけないもんなあ。

「ベナレスへの道」はなんというか、ほんとにすごかったですね。探偵役が容疑者筆頭になるだけならともかく真相も奇想天外ならオチたるや、有栖川有栖が「最後の最後でミステリの底が抜ける」と評したのも納得のもの。天井じゃなくて底なんですよね、抜けてるのが。足場というか、ミステリが土台として歩いてる部分を踏み抜くオチです。