20/12/03 【感想】特別料理

スタンリイ・エリンの短編集『特別料理』を読みました。
クリスチアナ・ブランドの『招かれざる客たちのビュッフェ』とかが好きな人には絶対刺さるやつです。

表題作は《奇妙な味》として分類される作品ですが、作者自体はそのカテゴリで括ってしまえるものではないという森昌磨氏の解説には僕も大いに同意です。
総じて「《奇妙な味》も書けるけど、少なくとも現代の目で見ると一番得意なジャンルはそこではない。読むべきエリン作品は《奇妙な味》以外にある」という印象を受けました。

表題作の「特別料理」が代表作になるのでしょうが、個人的な好みは「アプルビー氏の乱れなき世界」かなあ。「お先棒かつぎ」「君にそっくり」「専用列車」あたりの奇想や先の読めない感じも好きです。悪巧みする人を主人公においた話が得意なのかなって気がします。

原題の『Mystery Stories』というタイトルがストレートで美しいですね。でもこれは原語だからできるタイトルで日本語タイトルにするのは難しそう。そう考えると『特別料理』はちょうどいい落とし所ですね。

あらすじより下はネタバレ感想です。

そのレストランの料理は絶品だった。常連客となった男は、滅多に出ない「特別料理」に焦がれるようになるが……。エラリイ・クイーンが絶賛した戦慄を呼ぶ表題作をはじめ、アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作「パーティーの夜」など、語りの妙と優れた心理描写を堪能できる十篇を収録した傑作短篇集。
(ハヤカワ・オンライン内作品ページより)

特別料理

さすがに令和の世ではこのオチで驚くことはできず、タイトルで予想がついて半分も読むと確信に変わってしまいます。見るべきはそのオチの出し方と盛り上げ方、そしてケレン味だと思います。「アミルスタン羊」という虚構や、極力説明せずに読者に悟らせる婉曲的な構成が見事です。

お先棒かつぎ

「特別料理」で書いた「読者に悟らせる」技術が光り輝く一編です。
最後に警官の質問に対して話す偽証だけを示し、「偽証していること、真相は他にあること」まで伝えているのが絶品。
良い短編は時として読み終わった瞬間にページをさかのぼって確認したくなることがあるのですが、これはそうさせる作品でした。
こういう「よくできた犯罪だぁ…」って思わせる短編は好きです。

クリスマス・イヴの凶事

これも割とオチが見えちゃう系。

アプルビー氏の乱れなき世界

マーサとの結婚生活がはじまり、続き、どうなるんだろうと思わせてからのヒロイックなドンデン返し…というところまでは普通に良短編でもやるのですが、最後で更にもうひとつドンデンでオチるのが見事!

好敵手

大学生だった頃、一時期将棋のオンライン対局アプリにハマっていたことがあります。考慮時間がカツカツで早指ししないといけないのですが、これが負けると結構アツくなっちゃうやつだったんですよね。
当時は実家ぐらしだったのですが指してる途中に家族に話しかけられるとぞんざいに返答してしまうことがあったりして、それが嫌でやめました。
自分の脳を極限まで絞ったほうが良い結果が出る、と思わせるようなものはみんなこういう「邪魔するやつは追い出しちまえよ」と囁く悪魔が住んでいる気がします。

君にそっくり

そうなるんだー!
てっきりチャーリーもまたアーサーのように誰かから身分を奪った者だった…って話なのかと思った。よくまとまった話です。好き。

壁をへだてた目撃者

途中のハードボイルドのようなパートが面白い。読者を散々女に同情させておいて最後の最後に主人公が突き落とすことになってしまうという後味の悪さたるや。この底意地の悪さたるや短編ならではですね。これも良作。

パーティーの夜

あ、そういうオチになるんだ。ジョナサン・キャロルあたりが書きそうな話。このオチは当時は斬新だったんだろうか。
オチはアリかナシかでいうとアリだと思うのですが、この短編集に入るのは短編集としてのまとまりを欠いてしまうのではという気が。

専用列車

面白い!この犯行計画を練って犯行の瞬間に向けてなにかが高まっていく感じ、そして犯行を成し遂げた後思ったら突然落とし穴がある感じ。序盤、中盤、終盤、隙がないよね。
解説でフェルディナント・フォン・シーラッハとの類似性が語られていましたが、この「『どこで終わるか』という点で読者の予想を裏切ってくる」感じなんかは確かにシーラッハの味わいだと思います。
あと短編集全体的に「罪を犯すというハードルに対する距離感」みたいなものがシーラッハの短編に近いかも。

決断の時

リドル・ストーリーもの。ハッキリどうなったか書かれていないという点では他の短編も該当しますが、どちらになったかにおわせることすらしていないという点で収録中唯一のリドル・ストーリーといえましょう。
ブラフなのか、そうでないのか。賭けているものの大きさといい、後に引けない二人のキャラクターといい、ギャンブルものの短編としてとてもよくできています。