21/04/20 【感想】スペース金融道

まず謝らないといけません。正直この作品のことをナメてました。白状するとタイトルで後回しにしてました。だって『盤上の夜』とか『彼女がエスパーだったころ』とかの方がタイトルで面白そうだったんだもん。『後は野となれ大和撫子』とかタイトル最高じゃないですか。
ところがどっこい、この『スペース金融道』は読んでみると小気味良いハッタリが縦横に躍る、宮内悠介エンタメの傑作でした。

宮内悠介のSFは現代やそこから地続きの近未来を舞台にすることが多いですが、この作品は振り切ってコテコテの宇宙時代、人類が宇宙に移住して何光年も離れた星々に点在するような舞台を設定しています。
アンドロイドが普通に社会の構成員として働いているけれど、人間が持つような権利は与えられていないような世界。アンドロイドは危険な職につくことが多いことや差別感情などから人間と同じような金融機関から融資を受けることが難しいのですが、そんな相手にも貸付を行う、ただし高利で…という闇金に勤める二人組の取立人が主役の短編集です。

アンドロイドどころかメモリ上にしか存在しない人工生命や植物にすら融資します。光合成ができるんだから返済できるだろうと取り立てます。そしてこの仕事はナメられたら終わり、たとえ取立てコストのほうが高くつこうが深海でもマグマの底でも取立てに行きます。実際に人工生命相手に取立てに行くエピソードがあります。ここらへんの奇想が毎回面白い。

知能と人格を持ち人間と同様に社会に参加しながら人間と同等の権利を持っていないアンドロイドによる公民権運動なんかも話に関わってくるのですが、これが重くならないバランス感覚も見事。権利があろうがなかろうが貸した金を返してくれるかどうかだけを考えるのが取立人、重い倫理の問題を金勘定の話だけで乗りこなしていく筆致には心地よさすら感じます。

そう、この短編集、とにかく様々なSF的奇想が次々出てきてその全てが宮内悠介一流の生々しさと説得力を持っているのに、それを惜しげもなく消費していきます。
素材も豪華にジャンジャン使いつつ、プロットも各短編で毎度のようにふたつのストーリーが進んでいきドンデン返しもありながら最後にきれいに着地させてきます。

僕のお気に入りは第3短編「スペース蜃気楼」。
何者かによって学術論文を改竄するウイルスが仕込まれ、論文の参照を通じてその改竄が広まることが社会問題となる中、宇宙エレベーターで事故現場に取り残されたアンドロイド債務者へ取立てに行くと上空軌道上を周回するカジノ船に債務者ともども漂着する羽目になり、帰りの運賃を稼ぐために臓器を賭けたギャンブルをすることになる…という話なのですが、盛り沢山でしょ? でもこれまだ短編の前半部分の話でしかないんですよ。

もうとにかくエンタメ!エンタメとしてのSFの楽しみがひたすらに詰まった一冊でした。

「宇宙だろうと深海だろうと、核融合炉内だろうと零下190度の惑星だろうと取り立てる。それがうちのモットーだ」新星金融の取り立て屋コンビがゆく。新本格SFコメディ誕生。