23/09/26 【感想】0メートルの旅―日常を引き剥がす16の物語

岡田悠『0メートルの旅―日常を引き剥がす16の物語』を読みました。

きっかけはこの記事を読んだことでした。

なんて…なんて面白い記事なんだ。
今までこの記事をサジェストしてこなかったnoteに憤りすらおぼえました。
そしてすぐにこのエッセイが収録されているというこの本をKindleで購入しました。

どの話も最高に面白い。

パレスチナ編のオチが最高、大好き。
ウズベキスタン編が本書で一番好きかもなあ。僕も地球の歩き方の中央アジアを読んでみたくなりました。Kindle配信されていないことを知り肩を落としました。

イスラエルのマクドナルドに並んで談笑する若い女性が全員アサルトライフルを背負っている光景にはオタク的興奮を覚えてしまいましたし、休息日には労働が禁止されるため生活が縛りプレイに突入するのが大変興味深い。労働というと金銭の発生するものばかり想像してしまいますが、家事全般も「仕事」か。労せざる紡がざるなり…は新約聖書だから違うか。

そして本書の面白いところは最後の「0メートル」へ向けて、場所がどんどん筆者の自宅へと近づいていくことです。
世界を巡る魅力的なエッセイの後、第2部は国内編となり、そして第3部は近所編となります。そしてそれとともに「旅」の本質へと迫っていくのですが、例の病による渡航禁止、そしてそれに伴う「近所の開拓」にはとても共感するところがありました。

読んでいると、筆者がとてもドラマを持っていることに驚きます。モロッコで見たハムザの涙、太平洋倶楽部の奇譚、まるでフィクションの主人公のよう。ですがこれこそ旅の効用なのかもしれません。

僕はこの方のような旅人ではとてもないのですが、それでも大学時代の長期休暇にアメリカを横断して何ヶ所か巡ったときのことが印象に残っています。
出発地点となったロサンゼルス空港でシャトルバスに乗ったとき、時間は夜で外は真っ暗。バスが出ると車内の明かりが消えて、バスの内外の明るさが逆転しました。真っ暗なバスが夜の空港を滑り出したとき、「冒険が始まるんだ」という心地がしたのです。あの瞬間、僕は僕の冒険の主人公になりました。きっと僕の冒険譚の導入というのはこうして静かで、異国の夜の底を滑るようなものだと心で理解したのです。管制塔の遠い光に照らされた、バスの窓側の横顔からフェードインする冒険譚。

「近所編」の中で筆者は近所を独自のルールで冒険しながら、いつもの道を外れて入ったフランス料理店でぞんざいにあしらわれます。
そしてこう感じるのです――「ああ。心地よい。」と。

誰も自分を知らないことは、旅の1つの魅力である。

自分が所属する人間関係、社会、国家――日常。その中にいるあいだ、僕は「ワンオブゼム」でいることができます。それはそれで楽なのですが、そこから離れて誰も自分を知らない、自分が所属しない社会に行ったとき、否応なしに僕はワンオブゼムではなくなります。きっとこれこそが本書のタイトルにある「日常を引き剥がす」ことであり、ワンオブゼムでなくなることが主人公になることなのでしょう。

旅をすることは、自分を自分の人生の主人公に据えることなのではないか――そう思わせてくれた一冊でした。