23/01/05 夢野久作完全攻略(2)

夢野久作完全攻略
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夢野久作は小説家デビュー前の新聞記者時代に童話やルポタージュを書いていたと前回書きましたが、童話をまとめた1巻に続く2巻はルポータジュです。

本巻に収録された2本のルポタージュは、夢野久作一流のケレン味で描かれた関東大震災1年後の東京のスナップショットと言うべきものになっています。
現代の読者にとってこれらの魅力はなんと言っても「関東大震災1年後」という一時点をスパッと切り取った文章であることでしょう。
街も、人も、文化も。そしてそれを描き出す記者も、想定される読者も。すべてが「その時点」なのが良い。

読んでいると、新聞でしか東京を知らない九州人を読者として想定して書いているために地理的なギャップを緩衝するべく文中に置かれた情報の補足がいい塩梅に時間的なギャップを緩衝していることに気づきます。九州の読者もわかりやすいようにという配慮が100年後の読者を助けてくれるのです。

街頭から見た新東京の裏面 ★2.5

書いてることは完全にタブロイド紙で、東京市長の辞職だ更迭だ後継者選びだは全部誰かが糸を引いたお芝居だと噂レベルの話が仰々しく書かれています。関東大震災1年後の東京のタブロイド紙でしかも記者が夢野久作とくればつまらないはずもなく。大変「読ませる」読み物となっています。

震災時の都内におけるビルの倒壊を論じる箇所では帝国ホテルが無傷だったという話も出てきます。今でこそ帝国ホテルはその設計者である巨匠フランク・ロイド・ライトの名前が有名ですが、この記事では「米国でも変わり者の技師」としか言われず、でも「日本の地震鯰と親類だったかも知れぬ」と妙な持ち上げられ方をされていたり。

特にこの時代を舞台にした創作などをされる方にはとても良い資料になるのではないかと思います。
例えば、最近の学生は制帽でなく鳥打帽をかぶって出かけるようになったと報じるくだりでシチュエーションごとの鳥打帽のかぶり方の話が載っていたりして、これがとても面白い。ちょっと引きますと、

当り前に正しくすこし前下がりに冠るのは、当り前のすこし前下がりの外出の場合であるが、横っチョに冠るのは見もの聞き物に這入る場合、カフェーの中では阿弥陀に冠り、運動遊戯ではうしろ向きにかぶる、それからずっと目深く、うしろはボンノクボから前は眼からミミまで隠れるように冠る場合は、秘密の外出か訪問、又は変装用で、これに襟巻きをしてロイド眼鏡でもかけて首をちぢめると、ドンな名探偵でも誤魔化し得るという迷信から来たものである。

といった具合。絵面が浮かびますよね。

東京人の堕落時代 ★3.0

こちらはとにかくアングラな話題。そしてそれが面白い。
まず違法なエロ画像の流通の話。製作者のインタビューあり、実際にどのように売られているかの実例ありと実に生々しい。一方で発禁処分を下す検閲官の話もあったりなんかして。一日中発禁になるようなものばかり見てると頭がおかしくなってくるという話は、現代でも動画投稿サイトで違反動画がないか目視確認する担当者が精神的なダメージを負ったというニュースを想起させます。
他にも芸能界の枕営業の話があったり「変態性欲用具」なんてそのものズバリなタイトルの節もあったり。
これほんとに前の巻で道徳童話書いてた人ですよね?

正直、「街頭から見た新東京の裏面」と違って大東京人の精神的堕落を大上段に論ずるようなジャーナリズムが振りかざされていない分、こっちのほうが中身が詰まってて面白く読めちゃいました。もちろん人を選ぶは選びまくるのですが、個人的には今読んで面白いのは断然こっちです。