23/01/08 夢野久作完全攻略(5)

夢野久作完全攻略
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ちくま文庫版「夢野久作全集」第5巻には夢野久作唯一の新聞連載長編「犬神博士」と雑誌連載「超人髭野博士」が収録されています。おそらく犬神博士の方が有名で、角川文庫にも入っていたり森博嗣がルーツミステリィ100選にも挙げていたりするのですが。今回初読してみて思ったのは「夢野久作、あんまり長編が上手くないのでは…?」ということ。詳しくは本論で語りますが、長編になると短編で見せていた切れ味が途端になりをひそめて冗長な話になってしまいます。

犬神博士 ★3.0

ゴミを漁って犬猫を拾い汚い一軒家で身寄りもなく暮らす奇人「犬神博士」こと大神二瓶が、彼を取材に来た新聞記者に聞かせるという形で語られる長編小説です。

語られるのは旅芸人の夫婦に拾われたか拐かされたかして虐げられながら女装して芸をすることを仕込まれた少年「チイ」がふとしたきっかけから直方の官憲や親分、権力者などに見染められ、やがて一帯を呑み込む中央権力と土着勢力の炭山利権をめぐる抗争を振り回すことになっていくというスペクタクルストーリー。

と書くと非常に面白そうですが、実際面白いです。じゃあなんでこの星なのかというと…面白くなるまでが長い!!
全108回の連載なのですが、50回くらいからやっと面白くなりはじめます。

そしてもう一つ点を下げた理由として、この新聞連載長編は打ち切りのような形で終わっており、ちゃんと完結していません。その影響でどうしても僕の中では評価が下がってしまいましたが、夢野久作の一大傑作に挙げる人がいるというのも頷けはする作品でした。

結局自分の中では「読んでいくと面白くはなるのだが、夢野久作には他に面白い作品がいくらでもあるので一押ししたい作品ではない」という評価に落ち着く感じがします。

ちなみに以下は本作の一節。

「帰れッ……みんな帰れッ……あの児は幻術ドグラマグラ使いぞ、幻術使いぞ。逃げれ逃げれッ。殺されるゾーッ」

超人髭野博士 ★3.0

「犬神博士」の3年後、年始に『ドグラ・マグラ』を発表した同年に連載された中編です。犬神博士と非常に構造がよく似ており、似たような格好で似たような暮らしをする髭野博士がこれまた記者に語って聞かせるという体裁をとっています。語る相手が新聞記者から雑誌記者になっているのは、この中編が雑誌連載だったからでしょう。

身寄りのない美少年が芸事をしているうちに権力者の目に留まり…というストーリー展開も「犬神博士」と共通しているのですが、「犬神博士」はこのストーリーの動き出しまでにだいぶ紙幅をとったのに対してこの「超人髭野博士」はだいぶ動き出しが早い。なのでこちらは退屈する心配はありません。

その一方で話のスケールという点では「犬神博士」と比べると一段劣り、また「犬神博士」と違ってちゃんと話にオチはついているのですが、話の長さやスケールに対してオチが小さく「ちゃんと落ちきっていない」のが今ひとつ。

この「超人髭野博士」に関しては、髭野博士の語る箱物語という形式でなく普通に短編として書いていたらなかなか面白かったのではないかと思ってしまいます。