23/01/13 夢野久作完全攻略(10)

夢野久作完全攻略
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これまで特定のテーマによって夢野久作の作品群をまとめてきた各巻ですが、この第10巻にはそれらのジャンルに当てはまらず残っていた作品たちが収録されているそうです。
なので特定の共通点のない作品が集まっているはずなのですが、読んでいるとこの巻に入っている作品の特徴として「三人称視点の作品が多い」ということが言えるのではないかと思いました。

夢野久作は独白体や書簡体を武器とし、それを多用して数多の名作を生んできたことは既にここまで見てきた通りです。これらに共通していることは「視点人物の主観を通している」こと。しかもよくあるただの一人称視点よりも"地の文"の体をとらないため更に主観が濃くあらわれます。
翻ってこの巻に収録されている三人称視点の作品群を読んでみると、どれもぎこちなかったり物足りなかったりします。久作の武器をひとつ使っていないわけで、どれも一翻落ちたような印象です。

死後の恋」の感想で、夢野久作は「信頼できない語り手を標準装備していた」と書きましたが、そこから更に進んで「ミステリ作家・夢野久作の強みは叙述形式にある」と断言していいように思いました。
作中の事実と視点人物の主観の間にあるギャップこそ、ミステリ作家・夢野久作がミステリを書きこむゾーンだったのではないでしょうか。

老巡査 ★3.0

功績もなく出世もできず勤めてきた老巡査が巡回中に強盗を許してしまうところから始まる物語。筆致が落ち着き小説家の文章で書いた「いなか、の、じけん」とも読めるか。事件そのものの面白味が弱く、特筆する所のない作品。

衝突心理 ★3.5

トラック同士の衝突事故があり、片方がハイビームを点けたまますれ違ったときもう片方がハンドル操作を誤ったと思われていたが、事故の生き残りが過去の罪を告白して景色が一変します。
こちらも初期作品とのスタイルの違いを感じる作品。「怪夢」だったらこのオチはつけずにその前で打ち切ってしまったでしょう。このオチによって「短編らしくなった」というか、まとまっています。「猟奇歌」なら逆にオチの部分だけ使うかもね。

無系統虎列刺コレラ ★3.0

法医学者による独白形式をとる作品。彼が過去に解決した「無系統コレラ」、つまり感染経路の不明なコレラ事件について語ります。
ミステリとして単純に骨格だけ抜き出してみるとはっきり水準以下の作品なのですが、夢野久作の独白形式の面白さでどんどん読めちゃいます。

近眼芸妓げいしゃと迷宮事件 ★3.5

刑事による独白形式で、迷宮入りからまさかの解決を見た事件が語られます。その鍵となったのが近眼の芸者。完全に「ミステリの書き方」はされておらず、既に解決を見た過去の事件の回想なので初動捜査で凶器が分からなかったという話の中で実際に凶器がなんだったか明かされますし、犯人についても途中で半分漏らしてたりします。
「犯人当て小説」としては機能してないんですが、面白くないかというとこれがちゃんと面白いんですよねえ。芸者の近眼が生んだ数々の運命の悪戯は実に"小説"的です。

S岬西洋婦人絞殺事件 ★3.0

別荘地帯に奇抜な趣味の邸宅を構える西欧人夫婦の妻が殺され、離れに住んでいたはずの雇人は岬の先で眠っていた。邸内にも周辺にも犯人の痕跡はなく侵入経路は不明、更に被害者の身体には一面の刺青があり、邸内には膨大な刺青の研究が発見され謎はいよいよ深まり…という話。
めちゃくちゃ面白そうじゃないですか!?ワクワクして読みました。モデルになった実際の事件があったんでしょうか?

二重心臓 ★2.5

この作品、話の筋はかなり面白いです。ですが、文章が非常に冗長でキレのない小説になってしまっています。
ただ、これは犯人当て懸賞小説という形式で書かざるを得なかったという事情が関係しているように思います。「普通の推理小説」の形式で書こうとした結果、いくらでも面白くできそうなプロットが凡作になってしまったのではないでしょうか。夢野久作の腕力をもってすれば、全編「二重心臓」上演だけを叩きつけて押し通してしまうこともできたでしょうに…。

継子 ★3.0

ある子爵令嬢が夜中目を覚ますところから始まり、彼女の家にやってきた継母の存在や彼女の経験した不穏な出来事などが語られ、ただごとならぬ雰囲気が渦巻いていきます。
終盤これは果たしてこういうことじゃないかと考えながら読んでいたのですが…夢野久作が、こんなオチにしてしまうのか?!

人間レコード ★3.0

人間レコードの話です。いや、そうとしか言いようがなくて…。
人間レコードの存在以外に小説として見るところは特にないので、ほんとに人間レコードの話なんです…。

芝居狂冒険 ★2.5

黒白ストーリー」の中の「材木の間から」を書き改めたもの。
元の話から内容が増えないまま長さだけ大幅に増えた結果、とても味の薄い小説になっています。

冥土行進曲 ★3.5

主人公は動脈瘤で余命幾ばくもないことを知り、父の敵討ちに一路東京へ向かいます。宿敵たる伯父が都内に構える印度御殿もそこから繰り広げられる展開もとにかくファンタジック。「白髪小僧」の舞台だけ日本に持ってきたような独特のスペクタクルになっています。
白紙にケレン味をこれでもかと盛り付けていって小説にしてしまう夢野久作の手管が発揮された一作。話の骨格というよりそれが纏う肉や脂身を楽しむべき作品という印象です。

オンチ ★3.0

本作より後に収録されている3作は時代小説、また次巻はエッセイ等の非フィクション小説なので、本作が最後のミステリ小説です。また発表順でも本作は夢野久作最後のミステリ小説となっています。
さて、そんな本作がどんな小説かというと…なんと、真っ当に本格的なミステリ小説なのです! 大阪圭吉が書いたと言われたら信じてしまいそうなくらい、ちゃんと本格探偵小説しています。そしてちゃんと面白い。夢野久作らしい要素といったら舞台が九州の製鉄所であることくらい。
夢野久作、こんなミステリも書けるんだ…。夢野久作がもっと長生きしていたら、どんなミステリを書いていたんだろう。返す返すもその早世が惜しまれてなりません。

斬られたさに ★3.0

黒田藩の藩士が、浪人2人に絡まれている若侍を助けるところから始まる時代物です。しかし、読み口としては「ミステリ作家の書いた小説だなあ!」と嬉しくなってしまうもの。
それも、単に江戸時代を舞台にミステリを書いてみましたという感じではなく、ミステリの骨格を成立させるために江戸時代という設定が欠くべからざるパーツとして機能している、トマス・フラナガンの書くミステリのような構造になっているのです。さすが夢野久作という一作。

白くれない ★3.0

とある名刀と、そのかつての持ち主が書き残したという名刀による兇行や奇譚が中心となる時代もの。
本作の一番の驚きはその結末でした。夢野久作がこういうオトしかたをすることは珍しく、その数少ない例では味消しになってしまっていたのですが、こと本作に関してはこの結末によって全体がちょうどよくまとまっています。
中盤を5時間くらいかけてアク抜きしたら北村薫の初期作品だと言われても信じてしまいそう。

名娼満月 ★3.5

時代小説にしてファム・ファタールもの。
稀代の名娼・満月を中心に、彼女に想いを燃やした武士と商人の1年以上に渡る物語が展開します。
このジャンルおよびテーマで期待されることをキッチリ抑えた上で久作ならではの味もある、優等生的作品です。