22/03/04 【感想】連続自殺事件

ジョン・ディクスン・カーの『連続自殺事件』を読みました。

今回新訳に伴って邦題が原題(The Case of the Constant Suicides)に忠実なものへ変更されましたが、旧題『連続殺人事件』は僕の中で「カーのコアなファンが佳作として挙げるタイトル」という認識でした。
超シンプルな旧題から変更になった今回の新訳版、個人的には本作のヒネった部分がよく表れた良いタイトルだと思います。

ジョン・ディクスン・カーといえば不可能犯罪の巨匠として知られていますが、本作もまた「他殺は不可能と思われる状況での死」が複数扱われます。
さて、推理小説を少しでも読んだことがあると、このような不可能状況での死体が出てきた時点で「何らかのトリックを使った殺人だろう」とメタ読みをしてしまうものです。
「絶対他殺なんだろ!どうやったんだよ!」と思いながら名探偵による推理を「待ってました!」と歓迎する、それがミステリのお約束の楽しみ方でもあるのですが、本作で巨匠はその約束にひとひねりを加えています。

本作では不可能状況での死を扱いながらも、十分に自殺の可能性を残している…具体的には、作中で複数起きる事件のうちどれが殺人でどれが自殺なのか?という独特な興味を持っています。

他殺なら保険が降りるが自殺なら降りないという状況で自殺と他殺が何度もひっくり返る展開、円塔の上の密室からの墜死、ラブコメにドタバタにと魅力のたくさん詰まった作品でした。

あらすじの下はネタバレ感想です。

空襲が迫る1940年の英国。若き歴史学者のキャンベルは、遠縁の老人が亡くなったスコットランドの古城へ旅立った。その老人は、塔の最上階の窓から転落死していた。部屋は内側から鍵とかんぬきで閉ざされ、窓から侵入することも不可能。だが老人には自殺しない理由もあった。それでは彼になにが起きたのか? 名探偵フェル博士が、不気味な事件に挑む!『連続殺人事件』改題・新訳版。

東京創元社HP内作品ページ

ここからネタバレ


不可能犯罪3つに「他殺か自殺か?」という構造レベルでの面白い工夫、そしてラブコメあり、夜な夜な一同が酒を呑んでは暴走するという『盲目の理髪師』の小型版のようなドタバタ、とカーの魅力が詰まったランチプレートのような作品です。
しかし今ひとつメジャーになりきれなかったのは旧邦題の地味さと、もうひとつは墜死トリックの「やらかし」のせいではないでしょうか。

今回訳註のついた二酸化炭素に臭いはないということはさておいても、恐らく一酸化炭素と混同していたのではないかと思われる二酸化炭素の扱いはちょっとズッコケ。
ただこのトリックはカー自身もさほど自信がなかったのではないでしょうか、終盤の入り口あたりで早々に開陳されてしまいます。それゆえに致命傷にはなっていない気はします。

個人的には第3の事件、アレック・フォーブスの密室殺人で部屋からの出入り口は閂のかかった扉と金網の張られた窓のふたつがあるにも関わらず後者を強調して前者から犯人が普通に出ていった可能性を盲点に置いたのが実に巧くて「やられた!」と気持ちよかったです。
いわゆる「針と糸の密室トリック」ではあるのですが、こういう細かい技を見せられると好きになっちゃう。やっぱ僕はカーが好きなんだなあ。

総じて「カーを好きな人が佳作として挙げる」というポジションに大いに納得のいく読書になりました。
良いですね、これ。楽しかった。