20/09/20 【感想】ツインスター・サイクロン・ランナウェイ

小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』を読みました。
宇宙漁師百合です。…いや意味わかんないでしょうけど、ほんとにそうなんですよ。

SF小説では設定や用語を冒頭につらつらと説明するものもあるのですが、僕はそうしないものが好きです。当然その用語が存在しているかのようなていで書き進めながら、読んでいくとどういうものか想像がついていくような書き方をしてくれると没入感が高まります。

人類が宇宙へ広がってから6000年。辺境の巨大ガス惑星では、都市型宇宙船に住む周回者(サークス)たちが、大気を泳ぐ昏魚(ベッシュ)を捕えて暮らしていた。男女の夫婦者が漁をすると定められた社会で振られてばかりだった漁師のテラは、謎の家出少女ダイオードと出逢い、異例の女性ペアで強力な礎柱船(ピラーボート)に乗り組む。体格も性格も正反対のふたりは、誰も予想しなかった漁獲をあげることに――。日本SF大賞『天冥の標』作者が贈る、新たな宇宙の物語!

(あらすじは早川書房公式サイトより)

ということで宇宙漁師百合です。いや百合は僕が勝手に言ってるだけなんですが。

このガス惑星で昏魚を獲る漁は船を操縦するツイスタと船を変形させるデコンパのタッグで行います。ツイスタは判断力や冷静さが必要だから男がやるべき、デコンパは感覚的なものが必要だから女がやるべき、そしてこの二人は連携が重要だから夫婦であるべき、という価値観の世界です。
主人公のテラはこの感覚的な部分で秀でた才気煥発なデコンパなのですが想像力の豊かさゆえにエキセントリックなところがあり、それに加えて色々でかいのが災いして共同で漁を行うパートナー探しのお見合いは連敗続き。
そこに身元不明の女ツイスタ(操縦者)ダイオードが現れ、二人はタッグを組んで異色の女同士の漁船を飛ばすことに…というお話です。

さて、これが宿題の読書感想文ならば本書をジェンダー論的観点から語るのが多分「正解」なんでしょうが、ここではそれはしません。

この作品は長編として刊行される前にプロトタイプの短編が『アステリズムに花束を』というアンソロジーに収録されています。
僕はそれを先に読んでいたのですが、その時の印象は「求められてるものを書くのがうまい作家だな」というものでした。
その後、小川一水の別作品『煙突の上にハイヒール』『老ヴォールの惑星』を読み、今回の長編版への来訪と相成った次第です。

…なんですけど、これ長編になったのに切れ味が短編のまんまなのがほんとにすごい。
短編から長編になったものって往々にしてボリュームが増した代わりに切れ味は短編だった頃より劣ることが多いんですが、この作品はいい意味で長編を読んだ気がしない。
ボリューム感を間延びさせずに解像度がグッと高まった、紙幅の増加によって「濃くなった」のがめちゃくちゃ良かったです。

あとなんかすごく設定に気が利いてるんですよね。無性に気持ちいいところがたくさんある。
僕の好きなところをいくつか挙げると、

・漁の収支が獲った昏魚の質量と燃料として消費した質量の純粋な引き算で決まるのがなんかイイ。やってみたくなる。

・夜に漁をしたあと、ベーコンLとフライドエッグLとサラダLとトーストとコーヒーLという朝食メニューで打ち上げするのがなんかイイ。夜勤明けにモーニングで〆るのってなんかイイですよね。

・デコンパ(テラ)とツイスタ(ダイオード)がそれぞれのポジションでプロフェッショナルで、相方のポジションはからきしなのがイイ。この相手の領域はからきしなのよくないですか。

・デコンプに失敗したときのアレがいい。からの最後のアレもたまらなくイイですよね。性癖。

そして最後に明かされる諸々の真相も最高に気が利いていて、この話の最後に出てくる真相としてとても「ちょうどいい」。なんというか、ここまで読んで良かったって嬉しくなる真相。

というわけで、終始僕の百合細胞(※良質な百合を摂取すると活発化する細胞。特に何もしない)が喜んでいた読書でしたが、それ以外にもすごく「気持ちのいい」、ワクワクする読書ができました。

ちなみに短編版を初小川一水として読んだときは上に書いたような印象だったわけですが、今はというと…自分なりの回転のボールを、ちゃんとストライクゾーンの四隅にきっちり収まるように投げ分けるのがうまい!って感じ。そしてその引き出しも多い。ダルビッシュみたいなタイプ。

自分の色を出しながらちゃんと枠組みを成立させる。奔放さを言い訳にしない。すごく地力のある作家さんだなあという印象です。もっと色々読んでみたいですね。
読んだことある小川一水作品は上述の通りなのですが、現段階での個人的ベストを選ぶとするなら「ギャルナフカの迷宮」(『老ヴォールの惑星』収録)かなあ。このときの読書には特別な思い出があるのでまたいつかの機会にお話ししたいです。
(後日追記:お話ししました)