22/12/28 【感想】星詠師の記憶

阿津川辰海『星詠師の記憶』を読みました。
「未来に自分が見る映像を媒体に記録する」という能力が存在する世界を舞台にした、いわゆる"特殊ルール本格"の長編です。

この能力が単なる未来視でなく、見たものが媒体に書き出されるので他人にも見られることや偽装が不可能であること、いつの映像なのかは映像内の情報から推測するしかないことなどがミステリ的に噛めば噛むほど味の出る「手がかり」になっています。
発端となる「媒体に残った殺害時の映像によって殺人の嫌疑がかかっている被疑者の無罪を証明する」という課題に始まり、とにかくこの特殊ルールが存分に活用された魅力的な本格ミステリです。

被疑者射殺の責を問われ、謹慎に限りなく近い長期休暇をとっている警視庁刑事・獅堂。気分転換に訪れた山間の寒村・入山村で、香島と名乗る少年に出会う。香島は、紫水晶を使った未来予知の研究をしている〈星詠会〉の一員で、会内で起こった殺人事件の真相を探ってほしいという。不信感を隠さず、それでも調査を始める獅堂だったが、その推理は、あらかじめ記録されていたという「未来の映像」に阻まれる。いったい、何が記録されていたのか──?

星詠師の記憶 阿津川辰海 | フィクション、文芸 | 光文社

魅力的な特殊設定を伴い、しかもその特殊ルールを使い倒し、細部にまで作り込まれた力作。…なのですが、個人的な読書体験としてはその完成度の割にのめりこめなかったな…という感じでした。

以降はネタバレ感想です。


ここからネタバレ


「二度見の意味」の追求やグラスのコーヒーが消えていることなど映像に残った細かい手がかりを拾い集め、それらをつなぎあわせて水晶Xと水晶Yの真相を推理する手管は見事の一言で、そこから導かれる青砥による邪悪な操りも味わい深いものです。
しかしそれだけに、情報の出し方をもっとスマートにやっていたらもっともっと面白いミステリになっていただろうという惜しい気持ちにもなります。上記の細かい手がかりは、この作品の媒体が文章であるがゆえに「二度見したこと」や「コーヒーが消えていること」などを文章として明示して読者へ伝えざるをえず、非常に書き方が難しいところです。こればっかりは文章である以上しょうがないところもあるですが、最後の推理のおいしい部分なのでその威力が十全に発揮されていないのは残念。

またいわゆる「特殊ルール本格」の力作ではあるのですが、ミステリを書く都合とはいえ正直途中でルールが変わりすぎという感が否めませんでした。
本書の根幹は《殺害された赤司が見たとされる殺害シーンと思われる映像》を否定することです。
星詠師しか記録ができないという認識により、殺害された星詠師は赤司しかいないことから「赤司が見たとされる」という部分は当然のこととして受け止められていたのですが、実際は星詠師以外も記録を行う技術が存在していることが中盤以降に明かされ、前提が崩壊します。

個人的に特殊ルール本格は「読者がそのルールに"入り込んで"自分で考えだすようにできたら"勝ち"」だと思っています。ただ、せっかく考えたのにルールが変わってしまうと一気に読者が興味を失ってしまうというのもまた特殊ルール本格というジャンルだと思います。

などなど色々「もったいない」部分はありましたが、未来視を持つ犯人に対して探偵が立ち回るために「偽の手がかり」問題を提起し、それに対する対策も立てていたのは本書の非常にパワフルなところです。
考えてみると通常のミステリだと手がかりは当然全て過去のものなのですが、本作のルールだと「未来の映像であり過去の事件には関係のないもの」が現在において存在しうるため、手がかりの取り扱いは難しいものになっているんですね。
また"本格"的に謎解きをするとき、各登場人物がその時点で持っている情報を元にそれらの人物の思考をトレースする必要がある、ベイジアンゲームのような形を取るのですが、本作では一部の登場人物は「未来の情報」も断片的に持っているためこの部分が非常にややこしいことになっています。
この複雑なテーマに取り組み、精一杯格闘しようとした心意気は大いに称揚されるべきでしょう。

ところで千葉からすると赤司が"本当の"自分が殺害されるシーンを未来視してしまったら全てが崩壊するわけなのですが、その点については気にしなかったのかと考えてしまいます。本書中にも登場した「死期の近い星詠師ほど、自分の最期を未来視する確率が高まる」というルールがあるので、自分の姿を晒して星詠師を殺害するリスクは非常に高くなるはずです。
もしかすると本書中で千葉がある種の「見立て殺人」に固執していたという描写がされているのは、この点をフォローするためなのかもしれません。つまり、どう考えても暗殺と比べてリスクが高くなる「赤司に予知されないことに賭けた、“水晶X”のアリバイを頼っての殺人」という選択肢を取ったのは青砥による誘導と千葉自身の性格による固執からきているものだ、という説明ですね。