22/03/10 【感想】虚構推理(小説版)

城平京によるミステリ小説『虚構推理』を読みました。
虚構推理はコミカライズ版しか読んだことがなかったのですが、小説版を読むのは初めて。この巻には鋼人七瀬編がまるまる入ってます。

率直に言ってしまうとコミカライズ版での僕の認識は「鋼人七瀬編以降が本番」。以降のお気に入りエピソードについては以前記事を書いたのでここでは割愛しますが、どんどん「虚構推理を書くのがうまくなる」進化する作者にあって最初のエピソードにあたるこの鋼人七瀬編は垢抜けないところのあるプロトタイプという印象が強かったです。

今回小説版で読んでやはりその印象はあったのですが、でも「このエピソードは案外小説媒体が向いてたのかもしれない」と思いました。小説版、面白かったです。

鋼人七瀬とのバトルというアクション要素が強い本エピソードなので、一見すると文章よりもマンガの方が向いてるような気がしますが、逆にマンガだと「アクションに振れすぎていた」のかもしれません。読むとすぐ分かるんですがこの話のアクションバトル部分、本筋に影響がないんですよね。
本エピソード以降アクション要素は鳴りを潜め、ミステリとしてどんどん洗練されていきます。アクション要素に振れていないことは虚構推理という作品にとってプラスでした。
また「ただの都市伝説も実在する怪人も、読者の前ではどちらも文章でしかない」というのが小説媒体では良い味を出してるように思いました。文章媒体って虚構と現実が最も曖昧な媒体なんですよね。どちらも字でしかない。

というわけで意外な魅力を発見できた小説媒体の読書でした。
あらすじより下はネタバレ感想です。

深夜、鉄骨を振るい人を襲う亡霊「鋼人七瀬」。それは単なる都市伝説か、本物の亡霊か? 怪異たちに知恵を与える巫女となった美少女、岩永琴子が立ち向かう。人の想像力が生んだ恐るべき妖怪を退治するため琴子が仕掛けたのは、虚構をもって虚構を制する荒業。琴子の空前絶後な推理は果たして成功するか?

講談社BOOK倶楽部内作品ページ

ここからネタバレ


さて、本作の華はなんといってもタイトルにもなっている「真相は『怪異が犯人』である事件に合理的な『虚構の推理』をひねり出す」という営みでしょう。
ミステリでよくあるのは「怪異が犯人であるかのように見える不可解な事件に合理的な真相を推理する」というものなのですが、これを逆立ちさせたような奇妙な骨格が実におもしろいです。
決戦において相次いで披露される、連鎖する4つの推理は圧巻です。掲示板での反駁も挟みながら多重解決モノとして充実したものになっています。

ただ少し物足りないのが、事件の境界条件が緩く作られているため、偽の解釈をひねり出す虚構推理の営みが「(偽の)謎解きそのものの面白さ」をあまり生んでいないこと。骨格は面白いのに肉付きが薄く、長編を支えるには物足りないものになってしまっています。
これは作者の力量不足ではなく、作劇の都合や単純にこの部分を作り込む組み立てにしていなかったということなのでしょう。
この虚構推理を行う謎の部分をミステリ的に作り込んだのが、後に筆者が作り上げた傑作「スリーピング・マーダー」になります。

というわけで「面白い、面白いんだけど、これ以降が本番なんだよなー!」という印象がやっぱりあり。
本作は本格ミステリ大賞を受賞した作品です。上記の転倒した骨組みは本格との向き合い方に技巧を凝らしたもので、本格ミステリで賞をもらうのは大いに納得。でも『スリーピング・マーダー』は更に洗練されてるので、こっちもたくさん評価されてほしいですね!